第19話 魔術師は、勇者の動向が書かれた瓦版を手にする
初回の迷宮探索から数日が経った。
ミラとリッタと同じ宿に泊まることにしたウィルは、日が昇り始めた頃に目を覚ますと、階下に降りていった。
この都市を訪れた初日とは異なり、宿には空き部屋が出来ている。
なので、今のウィルはミラやリッタとは別の部屋を取っている。
二人が今どうしているかは分からないが、ずいぶん早く目が覚めてしまったので、たぶんまだ寝ているだろうなと思った。
ジギーは元から違う宿だ。
ここの女将に教えられた、街の反対側にある宿に泊まっているらしいが、学院が始まる前に学生向けの下宿に移る予定らしく、迷宮探索をしていない日には住居探しに励んでいるらしい。
学院には寮も存在するのだが、部屋が狭いのが不満らしい。
一方、ミラとリッタは寮暮らしを考えているようだった。
寮の利点は、食事も提供されることと、食費を含めれば総額が安価になることだとか。
ウィルも寮にしようかと考えている。
勇者パーティー時代の報賞金などを貯め込んでいるウィルは、金銭的には一番ゆとりがあるわけで、どこでも構わないのだが。
古代魔法王国時代には、魔術の修行しかしていなかったので、食事を作るスキルは絶望的なのだった。
眠気の残る朝の、気怠い空気に包まれて、そんなことを考えながら食堂の入り口をくぐると、宿の女将さんが声をかけてきた。
「おはよう。今日は早いじゃないか」
「ああ……おはよう。昨夜はちょっと……色々あってな」
昨日は三度目の迷宮探索だった。
二度目の探索では、到達距離を一階層伸ばしたのだが、まったく問題なかった。
そのため、三度目の昨日は、さらにもう一階層と欲をかいたのだが。
三階層で初めて現れた、人並みの大きさの赤い鳥——魔王迷宮を探索している冒険者達がガルーダと呼ぶ魔物によって、一行は快進撃を阻まれることになったのだ。
このガルーダという鳥の魔物は、群れで現れる上に、動きが速く、炎の
複数体によって、空中から行われる爪や嘴の攻撃は、ミラ一人では引きつけ切れず。後衛まで届く燃える炎の吐息をしのぐのに、リッタが防壁にかかりっきりになってしまった。
そうして、パーティーの火力が二つとも封じられた状況で、ジギーが無詠唱魔術で撃ち落とそうにも、敵の動きが素早いため、なかなか的を絞れずに一方的に攻撃を受けていた——
ウィルが誘導付きの<
意気消沈した一同は、早々に三階層から撤退して、反省会をやって……そして、今朝になったわけである。
「そいつは大変だったねぇ……。まあ、たいした怪我が無くてよかったじゃないか。学生さんが迷宮探索に執心しても仕方ない。これからは手堅くやることだね」
「それはその通りなのだがな……」
事情を説明すると、慰めるように女将が言ってきた。
ウィルは同意しつつも、内心では少し違うことを考えていた。
「ウィル様としては、あまり簡単すぎてもいけませんしねー……あ、おはようございます」
『シルフィか』
シルフィの気配は少し前から感じていた。
ウィルは<念話>で朝の挨拶と共に同意を伝える。
『確かにその通りだ。第一階層や第二階層では、やるべき「手加減」の練習にならないみたいでな……』
手加減といっても色々ある。
冷静になってみれば、結局のところ、ウィルが習得しなくてはならないのは威力の調整なのだった。
神託が下って、その理由を聞いた同日のうちに、魔術学院までやってきて、リッタやミラやジギーと知り合い、入学試験を受けて、打ち上げまでやった。夜には宿がなく、二人と同じ部屋で寝ることになるトラブルもあった。
この一日があまりにも詰め込みすぎで、やらねばならない『手加減』の本質を忘れかけていたのだが、今は違う。
——これからは、威力のコントロールの意味での『手加減』に集中したほうがよさそうだ。
正体を露見させないほうの「手加減」は、学生に混じって生活するための工夫にすぎないから、多少は適当でも構わないはず。
そして、この目的には、低層階での探索は微妙だった。
敵が弱すぎるから、超初歩的な魔術を無詠唱でぽんぽんするだけで勝ててしまう。それでは意味が無い。強力な敵相手に、力を出し惜しみして勝つパターンを身につけなくては。
そのためには、三階層でもまだ物足りないわけだが。
「やはり、前衛を探さねばならないか……。……ん、これはなんだ?」
朝食が準備できていると聞かされて、卓についたウィルはそこに置かれていた紙を取り上げた。
沢山の文字が書かれたそれは、古代魔法王国時代にあった新聞のようだったが、字が手書きだった。
「ん? それは教会発行の瓦版だよ。勇者様の記事が人気でね」
「ほう……」
途端に興味を惹かれたウィルは、その瓦版という原始的な新聞に目を通す。
魔術学院の筆記試験でも困らなかったので当然なのだが、ウィルは現代で使われている言語は読み書きできる。
封印から目覚めたあと、特殊な魔術のサポートを受けて高速で習得したのだ。
瓦版に書かれていたのは、少し癖のある手書きの字だったが、そんな次第で問題なく読み取れた。
なになに——
——勇者一行、次なる魔王打倒のために、新大陸へ到着(予定)!
先日、解放されて間もない帝国を離れた、我らが勇者リオは、頼もしい仲間達と共に、現在船旅をしています。
ところがところが〜。船に乗るのが初めての人もいて、もー大変! 侍のシンくんなんか、船酔いが酷くてここ数日は船室から出てきてません! 海上にも魔物はいるのに、困っちゃうな〜。ホント。
さてさて。新大陸への到着まではあと三日ほどありますが、いまのところ船旅は順調です! さっきのシンくんみたいに、船酔いしてる人とか、美味しいお酒がないとか騒いでる人もいますけどね!
それと、出がけにちょっと残念なことがあって……と、これは秘密にしておかないと駄目かな。いつか話す機会があれば〜。みたいなっ。
その出来事のせいで、リオちゃんも少し気落ちしていたみたいだけど、今はだいぶ元気になって、ご飯もお代わりするようになりました!
このレポートは連絡用の魔導具を使ってお送りしているので、皆さんがこの記事を目にする頃にはまだ私たちは船にいますが……と、ここで勇者リオから一言「いつも応援ありがとうございます!」だそうです。って、もっと沢山喋ってくれるといいんだけどね〜。ま、仕方ないか。
リオちゃんは、口下手なところがあるんですよね、でもそこがいいんです!
と、いうわけで。勇者専属リポーターのマリオンがお届けしました! 次回を乞うご期待です!
読み終わったウィルは頭を振った。
……マリオンのやつ、いつもこんなの書いてたのか。
「レポートの内容? みんなには内緒ですよ。なぜなら読者が求めているのは勇者パーティーの生の姿なのですから……」
とか、殊勝なことを言っていたのだが。
実際に書かれていることが、まさかこんなんだったとは。
そもそも日頃のマリオンの印象と全然違うのはいいとしても、いくらなんでもとりとめがなさすぎる……。
こんなのを掲載して、人が喜ぶとはとても思えんが……。
気になって、ウィルは女将に聞いてみた。
「このレポートとやら、どの程度読まれているものなのだろう?」
ところが、女将の返事はウィルの想像を超えていた。
「ん〜、勇者パーティーの動向はみんな注目してるからね。マリオン様の日記が掲載される号は、それはもう大、大人気で……食堂向けの確保が難しいぐらいさね」
シルフィは、もう少し納得できることを言った。
「この大陸を解放した勇者様の一行ですからねえ、内容はなんでもいいのではないかと……」
ウィルは思わず唸ってしまった。
なるほど……そういうものなのだろうか……。
——っていうか、「レポート」じゃなくて「日記」なのな。女将さんの認識でも。
そりゃそうだよなあ、これはレポートと呼べないよなと頷きつつ、ウィルは筆者であるマリオンのことを思い浮かべた。
マリオンはエルフだ。
人に近い姿形をしているが、エルフの寿命は長く、数百年を生きることが出来る存在である。
マリオン自身はエルフの中では若いほうだが、それでも百年以上は生きている。
……そもそも、日頃のマリオンの印象と全然違うんだよなあ、この日記。
リアルでのマリオンは物静かというか、理知的な佇まいがある。
こないだ魔術学院で入学試験を受けたときの女魔術師のように、眼鏡をかけている。それで、暇さえあれば手帳に何か書き物をしているような、そんな(外見は)少女だ。
手や衣服にインクの染みを付けていたりして、妖精と呼ばれるエルフにしては、野暮ったいというか……悪く言えば、古代魔法王国で言うところの「地味な文学少女」という風情なのだが。
それが、まさか、こんな脳天気な文をしたためているとは……。
文がウィルの想像から大きく逸れていた。え、偽物だよね、これ。と思ってしまうほどに。
そもそも、マリオンとは、エルフの隠された村を、勇者リオたちと共に訪れたときに出会った。
たしかに、彼女の姉も含めて、勇者パーティーのメンバーが想像していた「エルフ」とは違う、個性的なエルフではあったのだが……。
と、そこまで考えて、ふと思いついた。
「そうか。前衛なら、マリエラのやつを呼んでくる手があるか……?」
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