第18話 魔術師は、熟練冒険者のパーティーと出会う

 迷宮探索行の帰りには、こんなこともあった。


「おっ、新人か?」

「見たところ、魔術師だな。学院の今度の生徒かぁ?」

「あー……なんだ、休日冒険者か……」


 迷宮一階の入り口にある階段に近いところで、一目で冒険者たちと分かる一団と出くわした。

 人数は六人。

 年代はまちまちだが、いずれも本来のウィルよりも上だろう。

 少なくとも二十代後半以上、後衛の魔術師らしい男に至っては四十代ぐらいに見えた。

 

 本人達だけではなく、装備類にも年季が入っている。ベテランの迷宮探索者たちのパーティーのようだった。


「っと……どっかで見た顔だと思ったら、こないだの嬢ちゃんたちじゃねえか」


 そして、後衛の中の一人の、動きやすさを重視する軽武装で、顎に傷がある男が、そんなふうに呼びかけてきた。

 ウィルはリッタとミラの顔を見るが、二人は顔に疑問符を浮かべている。


「ああ……? テメエら、ひょっとして忘れてんのか」


 と言われても、ウィルの記憶には——


「ウィル様、あれですよー。ミラさんが、初日に路上で燃やそうとした男の人……」

「あっ」


 シルフィの発言で思い出したウィルの口から自然に声があふれでた。

 ミラとリッタと、当の顎傷の男の視線がやってくる。


「ミラ。俺と会う前の出来事を思い出せ」

「んん……? 昨日……ああ!」


 ミラが手を打った。ようやく思い出したらしい。


「あのときの痴漢!」

「違ぇよ! お前の中では、そんなことになってんのかよ!」


 ミラのような、子供に毛が生えたぐらいの少女から痴漢扱いされたのが、おっさん世代といえる冒険者たちには面白かったのだろう。

 仲間の爆笑が湧き起こる中、当の顎傷の男だけが顔を赤らめて怒鳴った。


「……すみません……」

「ちょっとばかし……間違ったわねっ」


 さすがに悪いと思ったのが、リッタが代わりに謝り、ミラもすぐに続けた。

 だが、男の不満は収まらなかったようだ。


「ったく……こんな場所じゃなきゃ、ひん曲がった性格をたたき直してやるところだぞ」

「なによ、こっちだって——」

「あ、あー。ところで、あなた方は、一体……?」


 挑発的な反応をしかけたミラに、ジギーが割って入って話を変える。

 本来であれば、ミラよりも空気の読めないところのあるジギーだが、今回は自分だけ蚊帳の外なので事情を知りたかったのだろう。


「あん? 俺たちは冒険者だよ。この魔王迷宮の探索を主にやっていてな。この都市じゃ、ミラクル・ディガーズって名前はちょっと知られているんだが、聞いたことは……なさそうだな、その様子じゃ」

「ああ。何しろ俺は……俺の仲間も、この街には来たばかりだ」


 ジギーに代わって、ウィルが頷いて応える。

 いま話している、パーティーの先頭の重武装をしている男がミラクル・ディガーズを名乗るパーティーの代表なのだろう。

 

 冒険者はパーティーに通称を付けることがあり、ウィルも、勇者パーティーの結成当時はどういう名前にするか話し合ったことがある。

 どんな名前をつけたところで、「勇者様の一行」「勇者パーティー」としか呼ばれないことに気づいて立ち消えになってしまったが。


 しかし、ミラクル・ディガーズとは……。


「ミラクル?」

「……ミラクル……」

「ウィル様、聞きました? ミラクル、ですって」


 ふふっ、と笑いが漏れてきそうな反応だが、流石に侮辱になると分かっているのか、パーティーの女性陣(風精霊含む)は、意味深に呟くだけにとどめていた。

 ところが、一人だけ。

 パーティー名を聞いてからというもの、ふむふむと一人頷いていた男がいた。


「ミラクル・ディガーズ……奇跡の発掘隊というところか、なかなかイカしたネーミングじゃないか。僕たちのパーティーにも何か名前が欲しいところだな……ぶつぶつ」


 んげ、という顔をするミラ。

 ウィルもそれには同感だった。


「どうでもいい名称で揉めるのは、もうこりこりだ……」


 理由は少しばかり違っていたが。

 そのとき、後衛にいた魔術師らしい杖とローブの男が声をかけてきた。


「見たところ、今日の冒険は切り上げるようだが……君たちは、これからも潜るつもりかね?」

「ああ……そのつもりだが……」


 なんとなく一同を代表する形になったウィルが応える。

 それを聞いた、ミラクル・ディガーズのリーダー格の戦士が言った。


「どうやら魔術師だらけのパーティーだが……そこの嬢ちゃんは剣を少し使えるのか?」

「それなりには、ね。何が言いたいの?」


 強気なミラは、自分に向けられた関心に、そう反応した。


「いやなに、迷宮探索の先達として、若いのが無謀な探索をしようとしているのなら、止めておくべきだと思ってな」

「……無謀……?」

「あら? 別に問題なかったけれど?」


 男が言い出したことに、リッタは疑問げな表情、ミラは軽い反発を見せる。


「おいおい、嚙み付かないでくれや。……単なる一般論だがな、前衛が少ないとやっぱり危険だぜ、迷宮探索はよ」

「それは分かってるわ。上のほうで魔物を狩るだけのつもりだし」

「……うん……」

「それでも、だ。迷宮探索ってやつには不慮の事故が付き物なんだよ。ま、覚えておいて損はないぜ」

「……同感だ。俺も前衛の頭数の不足は気になっている」


 ウィルが頷いた。

 勇者パーティーにいた頃、何度か危険な目に遭った。戦力で見れば、今のこのパーティーよりも格段に優れていたが、それでも予想外のことはあるものなのだ。

 とはいえ、ミラの働きに不満があるわけではないから、頭数、という表現をする。

 流石に強気なミラも、熟練冒険者とウィルからのその指摘には反論できないようで、口を尖らせつつも頷いた。


「うう……分かったわよ。覚えておくわ」

「もし、前衛を募集するなら『ひよどりの宴』って酒場に行ってみるといい。店主に会って、俺の紹介だと言えば、無下にはされないはずだ」

「ふむ……情報感謝する。ところで、あんたの名前は何という?」

「ああ、名乗ってなかったな。ラルフだ。ミラクル・ディガーズのラルフ。んで、坊主の名は?」


 外見偽装が働いているのだろう。

 坊主、と呼ばれたのを新鮮に感じつつも、ウィルは自分の名を名乗る。


「ウィル、か。魔術師のウィル……どこかで聞いたことがあるような……ああ、いや、勘違いだな、何でもない。またどこかで会おう」


 ラルフはそう言い残すと、パーティーのメンバーを率いて、階段を下っていく。

 彼らはこれから迷宮探索をするのだろう。

 午前から来ていたウィルたちと違って、昼過ぎから潜っていくのだから、帰りは夕方ぐらいになるはずだ。

 十階層からなるという、この魔王迷宮で深層を狙うのなら、低層と中層の間ぐらいでキャンプを張る可能性もあったが、見たところその手の装備は持ち込んでいないようだった。


「ウィル? どうしたの? 行くわよ」

「早く外に出て、埃を落としたいものだね」

「……それは同感……」


 階段を昇りかけた仲間たちの声を聞き、ウィルはミラクル・ディガーズの面々の背中を追っていた視線を戻す。


「すまん。ちょっとぼんやりしていたようだ」


 一同に軽く謝るウィル。

 熟練冒険者たちの姿が、勇者パーティーのことをウィルに思い返させていた。


 獣魔王を討伐する冒険よりもずっと前のことだ。

 勇者リオたちとダンジョンに潜ったことがあった。


 こことは違って、土造りの鉱山に掘られた坑道で迷路が出来ているような、そんな迷宮だった。

 深部で現れた大亀の魔物を倒そうとして、強力な土属性の魔術を使った結果、ダンジョン内の地盤をぶち抜いて崩落させかけてしまった。

 それも今ではよい思い出だ……。


 早く手加減を身につけて、リオとまた冒険がしたいな——

 少しだけ、センチメンタルになるウィルであった。

 

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