第17話 魔術師は、雑魚相手に手加減を練習する

「炎の矢よ、敵を撃て、<火矢ファイアアロー>!」

 パチン!

「……連なる氷の魔弾よ、穿て<氷柱弾アイシクルブリッツ>」

「あー、敵は燃えろ、<火矢>」


 ミラ、ジギー、リッタ、ウィルの順に魔法を放つ。

 詠唱あり、無詠唱(起動詞は例によって小声だったが、ウィルはなんとか<音弾サウンドブリッツ>だと聴き取った)、詠唱あり、実質無詠唱(詠唱は単なる呟きで何の意味も無い)で生み出された攻撃魔法が、コボルトの群れに炸裂する。


 ウィルが一見したところでは七から八匹、常時展開の魔術による探査では階段を降りる前から七匹だと正確に把握していたコボルトたちは、魔術を受けて次々に倒れていく。

 リッタが使った<氷柱弾>は都合五連の氷柱が放たれる複数攻撃の魔術だから、敵はすべて一掃——できていればよかったのだが。

 打ち漏らしや、深手に至らなかったコボルトが二匹、こちらに向かってきた。


「行くわよっ」

「任せてくれたまえ!」


 剣を抜いたミラが駆け出して、先行した一匹を相手取る。

 魔法剣を使用したらしく、炎を纏わせた剣が、コボルトが棍棒を持つ手に放たれた。

 細剣ならではの素早い一撃が命中すると、まとわりつく炎の熱気に、敵はたまらず棍棒を取り落とす。


 その間にジギーが素早く無詠唱魔術を起動。

 膝から下を狙われた二匹目のコボルトは、目視では視認することもできない<音弾>を受けて、その場に転倒した。

 油断なくジギーは三度目の魔術を組み立てようとするが、それより先にリッタが生成した<氷矢>がコボルトの頭を氷漬けにする。

 ほぼ同じタイミングで、ミラの炎の細剣の刺突がコボルトの胸を貫いていた。


 ウィルはその状況を眺めているだけでよかった。


「……やるじゃないか」


 思わず呟く。

 剣を振り、付着したコボルトの血を払ったミラが振り向いた。


「だから言ったでしょ、低層程度ならそんなに心配はないわ」

「帝国でも駆け出しの魔術師が迷宮探索をするのはよくあることでね。魔力の消耗に気をつける必要はあるが……よしよし、魔石は傷つかなかったみたいだ」


 説明しながらナイフを使っていたジギーは、コボルトの死体からくすんだ宝石のようなものを取り出す。

 魔石と呼ばれているこの石は、高純度の魔力を含んでいる。

 魔素を貯め込んだ宝石類の中では、もっとも一般的なものだ。中の魔力を引き出すには、若干の加工をする必要はあるので、このままでは使えないが。


 魔石は、迷宮や魔境でほぼ無限に現れる魔物から産出される。

 人に害をなす獣の類でも、魔石を持たないのは通常の獣として扱われ、魔石を体内に有するものは亜人種であっても魔物として分類されている。

 この辺は古代魔法王国時代から大差がないのをウィルは知っていた。


 魔石は、それを利用することで、能力が低い魔術師でも高度な術式を扱えるようになることから、資源として重要視されている。

 見た目が美しくないため、宝石としての価値が低いせいもあるが。


「……みんなの一食分ぐらいにはなりそう……」


 稼ぎとしてはそれぐらいだ。

 弱い魔物ほど魔石の質はよくないので、やむを得ないところだが、魔術師のいない駆け出しの冒険者だと、今回のように敵が七匹も出てくるとそれなりに危険もある。

 実際、冒険者は現代でも割の良い商売だと思われていない。


 表層階ではなく、中層以降になれば魔物も強くなる代わりに、一戦辺りの収入も跳ね上がる。

 迷宮探索を主とする冒険者の場合、その辺りを狩り場にできるだけの実力が求められるわけだが、ただの市民には荷が重い。

 ウィル達が迷宮に潜るときにも、より装備の充実した、冒険者らしい冒険者のパーティーも列を作っていたので、いないわけではないようなのだが……。


 ちなみに、古代魔法王国時代ではどうだったかというと、そもそも冒険者というビジネスが成立しなくなっていた。

 現代からすると超高位の魔術師があふれていた当時は、迷宮の深層や、現代では秘境や魔境と呼ばれる地域でも、戦闘だけなら支障はなかったのだが……。

 高品質な魔石が採れる地域は、国の大切な資産として全体の収穫量が厳重にコントロールされるようになっており、冒険者のような個人の出る幕はなくなってしまっていたのである。


 と、余談めいたことをウィルが思い返していると、ミラが一同に向かって声を張り上げた。


「さあ、どんどん行くわよ!」


 各人が頷きを返す。

 今回は低層しか探索しないと決めている。数を稼がないと、十分な収入にならないのだ。

 ウィル自身は勇者パーティーに所属していた頃の資産があるのだが、彼女達はそうではないようだった。

 魔術師が金銭を稼ぐ手段は色々あるが、直接的に戦闘の鍛錬にもなることは少ない。

 ウィルにとっても、迷宮探索は手加減の修練としては都合がいいわけで、複数回の戦闘は望むところだった。


「——スライムね! 焼いてしまいましょう!」

「<火球ファイアボール>」


 詠唱を省略したリッタの魔術が、スライムが二匹から三匹分ぐらいはいそうな、粘性の水たまりがある一角に突き刺さる。

 迷宮のこの辺りの階層は、ユセラ王国による長年の努力により、自然の岩盤が石材で補強されている。

 無詠唱なので威力は弱まっていたが、火に弱いスライムには十分だった。

 猛火がその壁面を撫でた後には、何かが燃え尽きた黒い滓と魔石しか残っていない。


「よし、魔石魔石っと……スライムのときは採取が手軽でいいねえ」

「次にいくわ!」


 ジギーがあちちと呟きながら魔石を拾い終わるやいなや、一行はさらに前に進む。


「……ゴブリンよ。三匹いるみたい」

「眠りの砂を撒け、<睡眠スリープ>」

「っと、また僕の出番はなさそうだね」


 リッタが解き放ったのは強い眠気を催す魔術。

 敵が魔術に対する抵抗力を持っていたりすると、効かない場合もある。

 だが、こちらに気づいておらず、床に座り込んでいたゴブリンにはてきめんに効果を発揮した。

 三体とも、その場でぐーすかと眠り込んでしまう。

 静かに近づいたミラが一体ずつ首を突いて始末した。


 ——結局、この日。

 パーティーは三日分の食費と宿代を稼ぎ出すことに成功した。

 迷宮の外に出て、換金所で魔石を買い上げて貰うと、その分、懐の金入れが重くなる。

 最初の冒険にしては、順調な出足だった。


 学校が始まるまではまだ二週間はある。

 今回の結果を受けて、それまでの間に生活費を稼ごうということで、一同は合意したのだった。


 ウィルは、ほんの少しだけだが、一方的に狩られている魔物のことが可哀想になっていたが……。

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