休日迷宮探索編

第16話 魔術師は、迷宮に足を踏み入れる

「まさか城塞の中に迷宮の入り口があるとはな……」

「あら、この迷宮はかなり有名なのに、知らなかったの?」

「初代勇者が魔王を討伐したあと、迷宮を封印するために築城したのだよ」

「……思ってたより、空気がひんやりしてる……」


 午前中に集まったウィルたち一行は、現在、迷宮の第一層へ続く階段を下っている。

 このユセラ王国の出身であるミラとリッタに案内されて、王城の支城内にある迷宮の入り口に辿り着いたとき、ウィルが感じた新鮮な驚き。しかしそれは、他の三人にはごく当たり前のことだったようだ。


「なるほど……初代勇者が……」


 都市の上空から眺めたときも、ウィルは迷宮の存在に気がつかなかった。

 迷宮からは瘴気が漏れでるため、よほど規模が小さい場合は別だが、通常はその入り口が見えていなくても探知系の術式で存在を察知することができる。

 この迷宮がその例外である理由は、迷宮の入り口の上に覆い被さった支城が、浄化術式の役割をしているからだ。


「神聖魔術で、瘴気を浄化しているのだな」

「分かるのかね?」


 ウィルの呟きにジギーが反応した。


「少しは……な」


 いかんいかん、また手加減を忘れかけていた。

 そう思ったウィルが取り繕う。


「ウィル様……もう少し自重されたほうがー……うう、頭が割れそう」


 泥濘の中から這い出すような声は、シルフィのものだ。

 昨夜に飲み過ぎたせいで頭痛が酷いらしい。精霊を形作る構成物質は、通常の物体が半分、霊体が半分だと言われているのだが、まさか二日酔いとは。


「実は僕には神聖魔術の素養もあってね。確かにウィルの言うとおり、入り口には結界が張られていたようだね」

「えっ、見えない」

「……そうは見えない……」


 自慢げに言うジギーに、女性陣二人が塩反応をする。


「別におかしくはないだろう……」

「ふむ。ジギーは、何の神を信仰しているのだ?」


 もう定例のようになってきたが、肩を落としたジギーにウィルは聞いた。


「そうだね、ちょうど暗くなってきたから……見せてあげよう。音楽神の名において、深き闇を照らしたまえ、<神聖光ホーリーライト>」


 胸の前で手を動かしたジギーが、短い祈りの聖句を唱えて、光を生み出した。

 ふわりと浮上した光の塊が、彼の頭の上で静止した。

 入り口の辺りではランプが壁に掛けられていたが、階段を下っていくに連れて辺りは薄暗くなっている。そのための魔術行使だった。

 清浄な光が辺りを柔らかく照らす。


「音楽神か……」

「帝国で信仰されている、音楽と物語を司る神様ね……神聖魔術を実際に使えるなんて、ちょっと見直したわ」

「……うん……」


 ミラの言葉に続けて、リッタも感心したように頷く。

 神聖魔術は神の力を借りる魔術であり、信仰心を必要とする。

 ウィルも使用できないし、この反応を見る限り、リッタとミラも使えないようだ。


「ははは、まあ僕ぐらいになればこの程度は容易いものだよ」


 高笑いするジギーに、ミラとリッタは「これさえなければ……」という表情になるが、ジギーは胸を張ってそっくり返るのに忙しくて、気づいていないようだった。


「<持続光コンティニュアルライト>」


 特に前置きはなく、ウィルが無詠唱で光を出す。

 この<持続光>の魔術は、一定時間輝き続ける光を生み出すもので、第一階梯に該当する。

 唐突な行動に三人の視線が集まったので、ウィルは答えた。


「光源は複数あるほうがいいだろう」

「そうね。……普通の魔術でも同じ効果なのよねぇ……」

「いちおう、神聖魔術の光には、悪しきものを遠ざける効果があるはず……」

「そ、そうだとも!」


 よかれと思っての行動だったのだが、なんとなく微妙な空気になってしまった。


「流石はウィル様、えげつないですー……うっぷ……」


 シルフィがなにか勘違いをしているが、それは放っておくことにした。

 というか、こんなところで嘔吐しないで欲しいのだが。

 ウィルがそんなことを思いつつ歩いていると、階段の終わりが見えてきた。


「さっき、説明した通りに隊列を組みましょう」


 そう言って、ミラは一歩前に出る。

 今日の彼女は、革鎧と細剣を装備している。

 その出で立ちは、勇者パーティーの魔法剣士であるステラを想起させる。


「了解、僕も前衛だね」

「厳密には中衛ってところね。魔物モンスターが出たら、まず魔術で一撃。打ち漏らしで近づいてきたのがいたら私が接近戦を挑んで、ジギーが無詠唱魔法で足止め。リッタとウィルは後方から火力で支援して」

「……分かった……」

「了解したが、やはり前衛が心許ないな」


 ウィルが素直に言うと、ミラが振り向いてきっと睨んで来た。


「何よ、私じゃ信用できないって言うの?」

「いや。そうではないが……やはり前衛は二人は必要だろう。魔術師だけのパーティーでは仕方の無いことだが……」


 勇者リオのパーティーでは、初期はリオが単独で前衛を務めていたが、それは勇者の名に相応しいずば抜けた戦闘能力があってのことだ。

 魔術師だけでは致し方ないことだが、接近戦に弱そうな編成だと思える。

 ウィルが手加減の修行のために手足を縛られているとあってはなおさらだ。


「駄目ですよー……ウィル様ー……っぅえ」

『いざとなれば本気を出すからな』

「っえぅえ、それはまあ……仕方ないことっぷ、ですがー……」

『…………酔い止めの魔術でも使うか?』

「朝に言ってた、神経をごまかすだけ、っうう……なんですよねー……なんか逆に不健康そ……おえぇぇ」


 駄目だこりゃ。

 ウィルは諦めて首を振る。

 というか、宿屋で寝てたほうがいいんじゃないか、こいつ。


 さておき、ウィルが懸念するのも無理はなかった。

 迷宮のようなダンジョン攻略においては、戦士などの前衛職が三人、魔術師などの後衛職が三人が基本の布陣だとされる。

 古代魔法王国の時代でも、現代でもこれには違いがない。

 まあ、基本はあくまでも基本で、かつてのウィルは訓練として迷宮の単独行を行ったことがあるのだが。


 パーティーメンバーの偏りが、戦力の決定的な不足にならなければいいのだが……。

 そう思ったウィルの思考は、ミラの叫びに遮られた。


「——来たわ、コボルトの群れよ!」

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