第13話 魔術師は、宿屋を取りそこねる
「困ったな……」
珍しく、途方に暮れた声を上げる、ウィル。
新しく知り合った一同での試験の打ち上げを兼ねた夕食が終わり、夜はずいぶん深まっていた。
今夜の宿は決めていなかった。ミラとリッタが逗留している宿が良いところだというから、二人に案内される形で同じ宿に辿り着いたのだが。
「悪いねぇ……。今日は昼から客が多くて、開いてた部屋が全部埋まっちまったよ」
太り気味の女将が、きっぷのよい口調でウィルに説明した。
到着した時点で、すでに満室だったのだ。
「仕方ないな、近くにある他の宿を教えてもらえないか?」
「この辺りにはあんまり宿はなくてね、大通りに出て、街の反対側まで歩けば、何軒か並んでるよ」
「ふむ……感謝する」
「うぃる様、運が悪かったですねぇー……ヒック」
相変わらず酔っ払ったままのシルフィが言った。
彼女はミードを三瓶ほど開けていた。風精霊のアルコール耐性がどの程度かは分からないが、身長が人間の四分の一サイズであることを考えれば、飲み過ぎなのは間違いないところだろう。
「けっこーな距離がありますねぇー……」
シルフィの言う通りだ。
古代魔法王国の基準に慣れているウィルの感覚ではそうでもないが、ユセラリオンは一国の首都に相応しい大きな街だ。
魔術で飛行していくのなら話は別だが、それなりに時間をかけて歩くことを覚悟するしかないだろう。
と、そのときリッタがウィルの服の裾を掴んだ。
さきほどまで、ミラとリッタはウィルの背後で小声で何事か会話していたのだが……。
「……私たちの部屋に……泊まる?」
上目遣いでこちらを見てくるリッタと、視線を逸らしているミラ。
どうやら、二人の間で合意は取れているようだ。
「あるぇー……? なんですかー? ひょっとして、うぃる様、<
『いや、そんなことはないのだが……?』
ウィルは困惑していた。
ミラとリッタはまだ若いが、現代において子供とまでは言えない年代だ。
勇者リオのように、十三歳ぐらいであれば、性別を気にする必要はあまりないのだろうが、この年代の女性が男性と同じ部屋で寝泊まりするのは、嫌がるのが現代の常識だったはずだが……。
「……いいのか?」
迷った末、ウィルは口にする。
と、ミラのほうから思わぬ反応が返ってきた。
「別にいいわよ。あんたぐらいなら、まあ年齢的にもギリギリセーフってやつだと思うし?」
「……うん……遠慮はいらない」
ウィルは目を点にする。
彼女に何を言われたのかがよく分からなかった。思わず呟く。
「年齢的に……、だと?」
ウィルの外見年齢は二十歳を超えているはずだった。
生まれてからしばらくはポッドの中で眠らされていた。教育として、脳に直接魔術の知識を刻印するために必要だったのだ。
そのため、意識を持ってからはまだ十年にもならないが、流石にそんな事情を彼女達が知る術はないだろう。彼女達に分かるのは外見年齢のみのはずだ。
では、これは、いったい……?
「あっ、あぁー……ヒック……そういうことですかぁー」
納得の声を上げたのはシルフィだった。
未だ理解していないウィルが、彼女が気づいたことを問う。すると。
「つまりー……あれですよー……女神様の神器ですぅー……ううん、眠くなっちゃいましたー……」
酔っ払いらしく、まだるっこしい説明をシルフィがしてくれた。
ウィルは手首に巻き付けたペンダント——サイズの関係で、今はブレスレットのようにしか見えないが——に触れた。そうか。
——認識阻害の神術。
すっかり忘れていたが、今のウィルの本来の姿は人に見えていないのだった。
「あー……ミラ、リッタ、俺のことを何歳だと思っていたのだ?」
納得したウィルは確認する。
自己認識に違いがある状態が続いているのはまずいと思ったのだ。
「えっ? それ他人に聞くこと? まあ、いいけど……よくて十五歳ってところでしょ。なんか態度とか、お酒の飲みっぷり的にはもうちょっと上かなと思うけど。……外見的には十三歳と言われても納得ね」
「……私たちより、ちょっと下の……十四歳?」
聞かれた二人がそれぞれ思っていた年齢を答える。
「……そうだったのか」
「いやいや、『そうだったのか』ってどういうことよ。あんたの年齢でしょ。ん? あれ、まって、もしかしてもっと年下なの? そんな偉そうな態度で?」
「外見的には、もっと低い方が筋が通る……」
肩を落としたウィルに二人はそんなことを言ってくる。
さらに年下に見られるとは……どれだけ若々しいのだ、この認識阻害の神術で見せかけている姿は。
自分の姿を自分で見られないのが歯がゆい。
「いや、俺は——十五歳だ」
そういう設定で行こう、とウィルは決めた。
学院に通うにあたって、年齢を秘密にしたまま生活することはできないだろう。
外見が十代前半に見えているのに、二十代を名乗るのも無理がある。
まあ……本来の肉体年齢と、精神の発生時からの年齢を足して、半分に割ればそれぐらいの年齢だし、ちょうどいいだろう。
自分を納得させる目的半分だが、そう考えることにした。
「……十五歳?」
「私の二つ下? 見えないわね……。まあ、それぐらいでも違いはないでしょ。でもアレよ、変なことしようとしたら承知しないから」
「……? 変なこととは具体的には何だ?」
ウィルが聞き返す。
古代魔法王国の基準が現代にも通用するかどうかが分からない上、当時は、ほぼ日常生活と言えるものがなかったウィルである。
勇者パーティーに居たときには男女別で部屋を取っていた。
冒険中の野宿では逆に男女の違いはなく天幕を準備しつつも雑魚寝だった。
それでは、宿の一室で、男女で同じ部屋で過ごすときの正しい振る舞いなど、分かるはずもない。だから確認しておくにこしたことはないと思ったのだが。
ウィルの質問に、ミラは頬を赤く染めた。
元々アルコールが残っていて頬が上気していたので、一目見て分かるほどの真っ赤さだ。
その反応に、む、変な質問だったのか、と思ってウィルが取り消そうとしたとき。
もじもじと指先を合わせていたミラが、答えになってない回答をする。
「それは……だから……分かるでしょ?」
「いや……悪いが、分からない」
ウィルとしてはそう返すしかない。分かっていれば聞かないのだ。
シルフィに聞く手もあるだろうが、さっきからすやすやと寝息が聞こえている。気配からすると、宙に浮いたまま寝ているようだ。
その生態にも興味を覚えていたが、いまは観察するわけにもいかない。
と、そのとき、リッタが。
「……分からないのなら、問題ない……」
いつもの平静さで、そんなふうに言ってきた。
ウィルにとって、謎は深まるばかりだった。そっとため息を吐く。
——現代には、まだまだ分からないことがあるな……難解だ。
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