第12話 魔術師は、飲み食いする
「では……」
四人が座った円形のテーブルを前に、ウィルが口火を切る。
「みんなお疲れさま、ということで」
すると、ミラがねぎらいの言葉を口にした。
「ふっ、あの程度の試験で疲れてなどいないがね」
ワインのグラスを持ち上げているジギーが、肩をすくめる。
「……かんぱーい……」
最後にリッタの、音頭を取るには控えめすぎる呟きにあわせて、皆が手にした杯を突き出した。
乾杯が済んで、ウィルはジョッキを口に運んだ。
ウィルが一杯目に注文したのはミード(蜂蜜酒)で、白ワインとやや似ているが原料の違いで甘みがより強い。古代魔法王国ではワインと同じぐらいに人気があった。
「私も飲みたいですー……」
『風精霊も酒を飲むのか?』
「妖精も精霊もお酒は大好きですよ!」
『そういえば、エルフもドワーフもだいたい酒好きだな……。いや、人間もそうか』
「お酒は世界を救います!」
それだったら自分が手加減の修行をする意味はないなと思いつつ、ウィルはこっそりと卓の下で、シルフィにミードの瓶を渡してやった。
彼女の手に触れたものは、周囲の人間から見えなくなる。
酒の種類の好みについては我慢して貰うしかない。
「ありがとうございますー」
『飲み過ぎるなよ』
風精霊の酒量の限界は分からないが、一種の社交辞令としてウィルはそう言った。なお、ウィル自身は、今日は最初から魔力による内臓の活性化を開始しているので、酔っ払う心配はない。
たまに酔っ払うのはいいものだが、女神の襲来事件があったばかりである。
油断をしていてはいけない。
今夜、いきなり魔王に襲われることがないとも限らないのだ……。
「うくっうくっ……はあ、美味しーですねー」
シルフィが瓶かららっぱ飲みをしている様子が伝わってくる中では、変な思考ではあった。
そんなウィルの思考を中断させたのは、ミラだった。
「どうしたの、ウィル、お酒進んでないじゃない?」
「いや、飲んではいるぞ。ああ、ちょっと——すまないが、ミードの追加を頼む」
ウィルが、酒場の店員を呼び止めて注文する。
「えっ、あれ? そんなに飲んでた? 一杯目だと思ったけど」
「飲んでいると言っただろ?」
主にシルフィが、だが。
「酒豪なのね……。私はあんまり飲めないのよね。嫌いじゃないんだけど、飲み過ぎると気分が悪くなっちゃって」
「ふっ、まだ子供だな」
横から口を挟んだジギーに、ミラがじとっとした睨みの視線を向ける。
「別にお酒に強いかどうかなんて、魔術師としての優秀さには関係ないわよっ」
「んんー……だがしかし、君の試験結果の順位はたしか……」
ジギーは五番手、ミラは六番手だった。
忘れるはずもないが、嫌みったらしく言葉を濁すジギーに、ミラの目が吊り上がった。
「……喧嘩、しない」
沸点の低いミラが爆発する前に、リッタが割って入った。
ちょうどのタイミングでやってきた料理を指さして、続けて言う。
「……お腹が空くとイライラする。食べよう」
その一言をもっともだと思ったのか、軽い酒をジュースで割ったドリンクを口にしたミラが、やってきた料理の皿に手を伸ばした。
品は、鳥の骨付き肉をローストしたものだ。手づかみで食べられるように骨が付いたままになっている。
「僕もいただこう。帝国風の料理でないのは残念だが……。たまには野趣にあふれた食べ物もよいものだ」
「なによ、その言い草」
ミラのボルテージがまた少し上がった。
ジギーの挑発するような口ぶりと、彼女の性格はまったく合わないらしい。
「帝国風の料理というのは、どんなものだ?」
ウィルも骨付き肉に手を伸ばして聞く。
二人に会話をさせていると、食事を楽しむ空気ではなくなってしまう。
「よく聞いてくれた。まず、帝国ではこのように香辛料をやたらめったらには使わない」
ジギーの発言を聞きながら、ウィルは肉を囓り取った。
ぴりっとした辛みに、甘みもある濃厚なソースと、肉の脂が混じり合った味わい。
古代魔法王国にいた頃には、もう少しそっけのない食べ物が出されることが多かったが、現代で目覚めてからはこういう料理を口にすることが多い。
ウィルには十分美味だと感じられるものだ。
皮の部分はパリッとした感触もあり、脂が多くてとろけるようだし、肉の部分からは肉汁が溢れ出して、濃いめの味付けによく合う旨味があると思う。甘みの強いミードは、比較的濃厚な味付けの料理と併せるのに向いているし、口の中の脂分を適度に洗い流してくれるのは変わらない。
ジギーが言うほど香辛料が多いとは思わなかったが、帝国風の料理がどんなものか、あまり認識していなかったウィルは、素直に頷いた。
「そうなのか」
「騙されちゃだめよ、ウィル。帝国風の料理っていえば、なんでもかんでもバター、バター、バター! まあ、それなりに美味しい料理はあるけど、すぐに飽きてくるわよ。味付けが塩とバターだけなんだもの」
そこまで言うと、ミラはがぶっと音が立ちそうなほどの勢いで、手にしていた骨付き肉の肉の部分に嚙み付いた。
手元の皿を見れば、すでに二本目である。
どうやら、ミラはかなりの健啖家のようだった。
「それは誤解だね、帝国料理の味のベースになっているのは、ブイヨンだ。肉と野菜を長時間煮込んでアクを取った、旨味の塊だよ。繊細な味付けなんだ」
「ぶー、別にこっちの料理でも出汁ぐらい取ってますぅ」
ジギーが鼻にかけたような態度で説明するが、ミラはへそを曲げて反応する。
議論の内容はともかく、どうにもお互いに譲らない子供の喧嘩のようだった。
ウィルからは、最終的にやれやれと肩をすくめて首を振ったジギーに、今回の軍配が上がったように見えた。
ところが、次の料理が運ばれてくると、その料理をネタにしてまた言い争いを始めていた。
処置なしだと思ったウィルは首を振って、頭の向きを変える。
「……おいしい」
と、ウィルの左隣にいるリッタの呟きが耳に入って来た。
彼女は、飲み物には酒精の含まれないジュースを選んでいた。すでに酔いが回り始めているように見えるミラとジギーとは違って、黙々と料理をつついているようだ。
鳥の骨付き肉の次に運ばれてきていた、茹でた青豆と人参とベーコンに半熟玉子を載せた人数分の小皿料理をスプーンで掬っては、口に運んでいる。
頬を膨らませてもきゅもきゅと咀嚼しているが、動作がゆったりしているせいか、ペース自体はミラよりもずいぶん遅い。
「それが、気に入ったのか?」
ウィルが問いかけると、リッタはこくんと頷く。
釣られて、ウィルも同じ料理を口にした。
……素朴ながら、まあ旨い。
格別とまでは思えないが、毎日食べても飽きなさそうな優しい味付けだ。
リッタは、そんな料理を幸せそうに口にしている。
口元には微かに笑みのようなものも見えた。
……彼女が喜んでいるのなら、それでいいのだろう。ウィルはそう結論した。
「——というわけだが、どう思うかね、君!」
「ん? どうした、ジギー」
リッタを見ていたウィルに、ジギーが問いかけてくる。
話を聞いて、ウィルは唸った。
「迷宮探検……だと?」
「学院の試験期間はまだ続くからね、入学式までしばらく時間があるのさ。そこで、魔術の鍛錬とちょっとした小遣い稼ぎを兼ねて、この街にある迷宮探索と洒落込むのもよいのではないかと、いまミラ嬢と話していたところなのだよ」
「この街に迷宮があるのか? 外からは見えなかったが……」
「そりゃそうよ。迷宮があるのは街の中心部だから、外からなんて見えっこないわよ」
ウィルの言う「外」はすなわち上空のことだったが、そんなことだとは思っていないミラがそう返してきた。
詳しく聞くと、どうもその迷宮とやらは、この国の歴史に深く関わっているもののようだった。
三〇〇年前、突然地上に口を開いた迷宮から魔物の軍勢が現れた。
それを撃退し、最奥部にいた魔王フェルメノクを倒したのが、異世界から召喚されし初代の勇者だった。
彼はここにユセラ王国を建国し、そして去って行った——のだとか。
魔王は滅びたものの、瘴気の濃い迷宮の奥には魔物が棲みついているそうで。
かつては国が討滅計画を立てていたそうだが、生命力と繁殖力が旺盛な魔物を完全には駆除しきれず、現在では、冒険者たちによる駆除を兼ねた迷宮探索が行われているらしい。
「ふむ……だが、迷宮探検となると、危険があるのではないか?」
「もちろんだとも。しかしね、スリルがない冒険なんて意味が無いだろう。ミラ嬢は乗り気のようだし、当然リッタ嬢も参加してくれるのだろう?」
「……ん……別にかまわない」
食べていたものを嚥下してから、リッタが同意した。
「悪くない話じゃないですー? 手加減の勉強にもなると思いますよー? ヒック」
『それはそうなんだがな……』
シルフィに促されるが、ウィルには懸念が消えない。
そんなウィルの背中を後押ししたのはミラの次の一言。
「別に、そんなにガンガン迷宮攻略しようってわけじゃないのよ、低層階を軽く回って、生活費の足しにしようかなって程度」
「そういうことなら……悪い話ではないか。無理をする気はないんだな?」
「もちろんよ」
「……ん」
「学院で導師になるのが目的なのだから、そこは見誤らないとも」
ウィルの確認に、ミラとリッタだけでなく、ジギーも同意する。
それで、話が決まった。
こうして、一同は、明日の朝に集まって、迷宮探検に赴くことになったのである。
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