第11話 魔術師は、問い詰められる
実技試験は問題なく切り抜けた。
足切りのラインがあるという話だったが、ウィルを含めた四人はいずれとも筆記試験に進むことができた。
最終判断は、実技と筆記の総合得点によるものらしいので、安心はできないのだが。
次の筆記試験のために移動を開始した受験生の一同だったが、その中に混じって校舎に向かって歩くウィルを、少女の静かな声が呼び止めた。
「……さっきの試験」
振り返ったウィルを、リッタの澄んだ蒼い瞳が見つめていた。
「ふむ?」
ウィルは、リッタの言葉の続きを待つ。
自分の列以外に注意を払う時間はなかったが、彼女が受験者の中では優れた魔術師であることは明らかだった。
使用したのは初級魔術だったが、術式展開や魔力制御のスムーズさが一段上だった。ウィルぐらいになれば、それだけで魔術師として上手いのか下手なのか判定することができる。
「もしかして、バレてません?」
『リッタなら、なにがしかの違和感を抱いても不思議ではないな』
シルフィが心配そうに聞いてきたので、ウィルは念話で同意した。
——しかし、確信は持てていないはずだ。
同時に、ウィルはそう思った。
ここで、自分から何か言い訳を口にすると、余計に不自然になる。あくまでも、リッタの出方を窺うことに徹した。
リッタは、一度、何かを口にしかけたが、そのまま開いた口を閉じた。
そして、筆記試験会場に向かっている、周囲の連中が離れていくのをちらりと眺める。
「……いや、何でも無い……」
『ほっ……。大丈夫だったみたいですねー』
シルフィが安堵の吐息を漏らした。
だが、その直後。
「……後で、話せる?」
安心したところで、リッタはそんなふうに続けてきたのだった——
* * *
これは……大した問題ではないな。
筆記試験の会場で、ウィルが試験用紙に向きあって最初に思ったのがそれだった。
思わず念話でシルフィに感想を呟きたくなったが、試験中はカンニング防止の名目で、魔術の使用が禁止されている。
<念話>のような直接的なものから、<
っと、<未来視>は視覚系にカテゴライズするのはおかしいか……。
ウィルは自分の思考にツッコミを入れる。
これらの魔術が禁止されていようとも、ウィルが本気になれば監視の目を掻い潜って使用するのは難しいことではない。
探知系魔術での監視であれば観測されないようにすればいいし、結界系魔術での制限であれば打ち破ったりすり抜けることができる。
だが……そのような手段を使う必要はなかった。
目の前の試験用紙に書いてある問題は、ウィルからすれば極めて初歩的なことだ。
これならば、普通に解いてしまったほうが早い。
気にすることはただひとつ——『手加減』だ。
ここで、ペーパーテストで満点を取ってしまおうが、来るべき大魔王との決戦での手加減には何も関係しないのだが、目立ち過ぎてはいけない。
試験前の説明にあったように、入学試験の成績でクラス分けが決まるのだ。
上級クラスになってしまってもいいが、自分が突出してしまうのは駄目だ。人に頼られるような立場では、手加減を学ぶという目的が覚束ないものになってしまう。
——仕方ないので、周囲をちらちらと見る。
同じ部屋の中に、ミラ・リッタ・ジギーの三人もいる。
席の配置は試験監督が決めたもので、それぞれの横顔ぐらいしか見えないが(リッタに至っては後頭部だけだった)、その表情から三人がどれぐらいの得点をしそうか探れる、と思ったのだ。
ミラは……唇を尖らせている。考えごとをするときの癖だろうか。
手にした鉛筆の動きが鈍いことも考えれば、楽勝という状況ではないようだ。
設問の一つ一つにしっかり思考して、それから答えを記入しているように見える。
とはいえ、用紙に記入している筆の位置からすると、全体としては順調か。
ジギーは……こちらは、案外余裕なようだ。
鼻歌でも歌いそうな調子で鉛筆を走らせている。特に悩むところがないのか、筆の動きは止まることがあまりなく、たいへん軽やかだった。
と思ったら、突然筆が止まった。
悩んでいるのかと思ったらくしゃみをして、再び筆を動かしはじめた。ええい、分かりにくいな。
リッタは……よく見えない。
少なくとも頭を抱えているとか、そういうポーズは取っていないのだが。
彼女が、そんなふうに心情がもろに分かるような姿勢を取ることがあるのかどうか。そもそもそこが疑わしい。
他の学生の様子は千差万別だった。
とにかく考え込んでいる者もいれば、呆けたように天井を見上げている者、ミラやジギーのような動きをしている者もいる。
「ウィル様、集中してくださいよぉ……」
む。頭上から降ってきた声に、ウィルは動かしていた眼球を止めた。
反射的に<念話>で返事をしてしまうと不味いから、黙っているようにと言っていたのだが……。
返事はしないが、シルフィの願いを聞き入れて、ウィルは問題と解答の用紙に視線を落とした。そして決める。
よし、七割ぐらいの正答率にしておこう……。
* * *
「——なぜだ」
試験の結果が発表されると、ウィルは思わず唸ってしまった。
シルフィもまた、苦笑いするような口調で呟いた。
「あー、これは、ちょっとやりすぎましたねー」
壁に張り出された、成績順に並べられた合格者のリスト。
その二番目に、ウィルの名前があったのだ。
一番上にはアンリエッタ・ハーウェルの文字。辛くも一位は逃れたが、予定していたよりもかなりの高順位になってしまった。
さらに、五番手にジギー。六番手にはミラの名前があった。実技はミラのほうが評価が高いはずとウィルは思っていたが、筆記で逆転したらしい。
『まさか、主に参考にした面子がこんなに高得点組だったとは……いや、それにしてもおかしいぞ?』
「どのへんがですかー?」
『実技では、三個破壊に成功した人数はかなり多かったはずだ。筆記試験では……七割程度の正答率に抑えておいた。それでどうしてこうなる?』
「んー……聞いてみたらどうですー?」
シルフィがそう口にしたとき、横合いからミラが声をかけてきた。
「やるじゃない、ウィル」
「まさか僕よりも上だとはね……」
続いて、ジギーも悔しさを覗かせる表情ながらも、そう言ってきた。
採点の時間は短いという説明があったので、筆記試験の時と同じ教室で四人とも待つことにした。
そのため、ここにはウィルが知り合った全員が揃っている。
時間はずいぶん下がって食事時になっているためか、外に出かけた受験者も居たが、そういう連中の中にはまだ戻ってきていないものも多数いるので、ここにいるのは、受験者の半数ぐらいの人数だった。
試験に落ちたものもそこそこいるので、周囲の空気は混沌としている。
「……とりあえず、出よう……」
リッタが、そう言った。
彼女がいまウィルに声をかけなかったのは、どう褒めても一番だった自分の自慢に聞こえるからだろう。そういったことを嫌いそうな性格だと、ウィルはこれまでの間に理解していた。
「そうね……空気も微妙だし」
「そうか? 僕には悪い感触ではないがね」
成績優秀者——全員が上級クラス——が一箇所に集まり、お互いに知り合いだというふうに会話しているせいか、自然に周囲の視線を集めていたのだ。
尊敬の念もあれば、やっかみの念もある視線について、二人の感じ方が異なっているが、それはミラとジギーの性格の表れだろう。
「ふむ……とりあえず、食事にでもするか」
ウィルはそう呟いた。
今日は朝一で勇者パーティーと別れて、そこから酔っ払う程度に飲んで、直後に精霊神である女神の訪問を受け、転移魔術でユセラ王国の王都ユセラリオンに移動して、そして試験を受けた。魔力のコントロールで賦活が可能とはいえ、流石にくたびれる、実にハードなスケジュールだった。
時間はすでに夕方を回って夜に入りかけているから、宿に向かって食事と寝床を確保する必要がある。
そう思っての、他意のない発言だったのだが。
「賛成ね。久々に筆記試験なんてやったから、疲れたわ」
「いい提案じゃないか。これから僕たちは同級生になるのだから、親睦を深めるのも悪くない」
「ん……私も、もう少し話をしたいと思っていた」
なぜだか、打ち上げの誘いと受け取られてしまった。
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