第9話 魔術師は、受験者の行動を観察する

 ウィルとシルフィがなんとも言いがたい会話をしているうちに、試験は進んでいた。

 四人のうち、最初に順番が回ってきたのはミラだ。


「じゃあ、行っくわよー!」


 待機列から進み出たミラが、腰のベルトから短杖を引き抜いて、意識を集中する。

 

「燃える炎よ、矢になり、敵を撃て——<火矢ファイアアロー>!」


 彼女が使ったのは、生み出した火を矢尻にして目標にぶつける初級魔術だ。

 短い杖の先端から、勢いよく飛び出した火の塊がまっすぐ飛んで、標的として設置された木の板を叩く。

 威力も十分で、燃え移った火が標的の板を焼き尽くした。


「……うん、良い感じ……」

「魔術は初歩的だが、なかなかのコントロールだな」


 見ていたミラとジギーがそれぞれの評価をする。


「……ふむ。燃える炎よ矢になり敵を撃て……か」


 一方、ウィルはミラが使った魔術の詠唱を覚えようとぶつぶつ小声で呟く。


「カンニングみたいですー」

『他に方法がないからな……しかし、この詠唱では俺の魔力を載せるのは難しいな。術式強度が足りそうにない。下手に詠唱すると魔力が暴走……悪ければ、火球が飛翔を開始する前に暴発してしまう。……ただの真似ではだめか』

「ええ……? 大丈夫ですか?」

『まだ他の魔術を見るチャンスがあるからな……ミラも、今度は違う魔術を使うみたいだ』

 

 二つ目の標的を同じ魔術で破壊したミラは、三つ目の、遠くに設置された標的を睨んでいる。

 その体内で高められつつある魔力の動きを感じ取ったウィルには、彼女が別の魔術を使おうとしていることが分かっていた。


「——燃える炎よ、我が手に集まり、敵を焼き尽くす火焔の魂となれ——」


 ミラが詠唱を開始したこれも初級魔術。

 ウィルの基準だと第一階梯にあたる<火球ファイアボール>の魔術だった。


「それでは届くまい」


 詠唱とともに空間に展開される術式の組成を読み取って、ウィルは呟く。

 <火球ファイアボール>の魔術は、火球を作って、相手に投げつけて爆発させる魔術だ。

 ウィルが、現世で封印から目覚めて、何度も見てきたポピュラーな魔術でもある。

 火球が爆発する関係で、作用を及ぼす範囲は広いが、射程距離そのものはあまり長くない。


 が、ミラもそれは承知していたようだ。


「——舞い踊る風よ、我が意に応じ、敵を吹き払う一陣の風となれ——」


 続けて二つ目の詠唱。

 詠唱の単語ワードから、風を操る魔術だと分かる。


「<火球ファイアボール>、<風弾ウインドブリッツ>!!」


 魔術を起動する呪言——起動詞ランワードを立て続けに二つ唱えた。

 すると、形成された火球を載せた、風の弾が遠く離れた標的を目指して飛んでいく。


「お、並行詠唱か。工夫したな」

「……うん、上手……」


 ウィルが感心して、リッタが呟く。

 その間に火球が着弾した。

 標的そのものは少し逸れてしまったが、着弾して爆発した火炎が、的を包み込んで燃え上がる。


「あーっ、惜しいっ!」


 試験の課題的には問題ない結果だったが、ミラは悔しがっていた。


『自動照準を組み込んでいれば完璧だったな』

「いやいやー……」


 ウィルの感想にシルフィは首を振る。


「みんな驚いていますから、あれは凄いんだと思いますよー。そもそも、これまでの受験生には、遠い的には届かせられなかった生徒が何人もいましたし」

『む。確かにそのようだ』


 シルフィの言葉通り、周囲ではざわめきが起きていた。

 ミラがどこの魔術師なのかと聞いたり、単に凄いと呟いていたり、反応は様々だが、いずれもミラの技量を褒め称えるものだった。


「むむむ……なかなかやるじゃあないか」


 ジギーもその例に漏れず、これまでの余裕たっぷりの表情が若干曇っている。

 

「じゃあ、次は私の番」


 戻ってきたミラを微笑みで迎えたリッタがそう呟いて、進み出る。

 彼女は、持っていた頭身より大きな杖を、胸の前で横に構えて集中に入った。

 魔力の流れから、ウィルはミラよりも彼女のほうがより優れた魔術師であることを察する。


「……凍てつく凍気、輝ける氷晶、白き雪華——舞え、<氷矢アイスアロー>」


 きゅいん、と何かが急激に縮まるような音とともに、放たれた氷柱が標的に突き刺さる。

 その氷の矢は、木板を貫通するだけでなく、瞬時に凍り付かせていた。


「ふむ」


 ウィルが唸る。

 と、立て続けに呪文の詠唱が行われて、もう一つの的も同じように破壊される。

 その様子を見て、シルフィがウィルに聞いてきた。


「呪文の感じが少し違いますけど、詠唱って人によって違うんですかー?」

『若干の差はあるな。低位の魔術であれば、集中と術式構築を補う意味が強いから、ある意味では適当でも構わないのだが』

「あれ? それだったら、ウィルさんも何か適当に詠唱しちゃえばいいんじゃないです?」

『いや、魔術師同士であれば、それぞれの単語にどのような力を込めているかは類推できる……ほら、さっきから、あそこで試験監督がつぶさに見守っているだろう?』


 ウィルが顎で示した先に、横長の銀縁眼鏡をかけた、三十路手前に見える女性の魔術師がいた。

 彼女は、一挙手一投足をも見逃さないという感じに、じっと受験者を見つめていた。

 時折、手に持つボードにメモ書きをしている。


「はー、そういうものなんですね……」

『そうなんだ。だから、適当過ぎる詠唱にするわけにもいかん。かといって、第一階梯の魔術の、単純な詠唱に俺の魔力を込めると術が空中分解してしまうし……。高度な魔術では手加減の条件を満たさない。……はてさて、どうしたものか』


 その言葉通りにウィルは悩んでいた。

 いっそのこと無詠唱で行ってしまうか? どういう評価になるか分からんが、マイナスということはあるまい……と思い始めた頃。

 リッタが次の魔術を発動した。


 遠隔のターゲットを狙うために、ミラが行ったのは二重詠唱……あるいは並行詠唱と呼ばれる同時起動のテクニックだが、リッタはシンプルな手段を選択したようだ。


「……天より来たる雷鳴、白昼に走る稲光——落ちろ<稲妻ライトニングボルト>」


 虚空に湧き起こった黒雲から、稲妻が落ちて的を撃った。

 標的を立てている柱ごと二つに裂いて、ターゲットの破壊を達成。

 稲妻を呼び寄せる魔術は、射程距離が長い。

 上方が開けていないと敵に命中させるのは難しい(雷を曲げる技術が必要になる)という欠点もあるのだが。


「流石はリッタ、やるわね……」

「距離のある標的には正しい選択だな」

「むむむ……二人とも全部撃破か……」


 ミラ、ウィル、ジギーの順に反応する。

 戻ってきたリッタを迎えたミラの笑顔に、リッタも珍しく軽い微笑みを返す。


「……うまく、いった」

「余裕に見えたがな」


 彼女の謙遜に、ウィルがそう言うと、リッタは俯いた。

 そして小声で呟く。


「……ステラ姉さんほどじゃない……」


 その反応に、ウィルは眉をひそめた。


「そうか? 才能はリッタのほうがあると思うがな」

「ちょっと、ウィル。ステラさんに会ったこともないのに、適当なこと言わないの」


 ウィルが思いついたことを口にしたら、ミラに制された。


「む……」

「ウィル様、駄目ですからね」

『ああ、分かっている……』


 シルフィに口を挟まれて念話で返事。

 念話と会話の使い分けが忙しない。


「ふっ……何の話をしているんだ、君たち。次は僕の番だから、ちゃんと見ているがいい!」


 そこに、ジギーが自己アピールしてきた。


「ああ、頑張ってくれ」

「……はいはい」

「……ん」


 三人の反応に、ジギーはいったん軽く肩を落とした。

 しかし、息を吐いた次の瞬間、傲然と肩をそびやかして、自信満々の態度で進み出る。

 リッタとミラと違って、特に杖のようなものは持っていない。

 その代わり、発動体として使える指輪を両手の指にいくつか付けている。


「ではご覧に入れよう! 我が帝国式無詠唱魔術の神髄を!」


 ——ん?

 ウィルの耳にその一言が引っかかった。直後。

 ぱちん、とジギーが指を鳴らすと、ほぼ同時に近い標的が燃え上がった。


「えっ、何あれ?」

「……あれは無詠唱魔術。起動詞を、指を鳴らす音に隠して呟いてる……」

「帝国式、というのは指鳴らしの部分なのか? それとも、単なるポーズか?」


 驚くミラと解説するリッタ。そしてウィルが気になった点を聞く。


「聞いたことがない……」


 リッタは疑問げに小首を傾げる。

 ということは、ただの格好付けなのだろう、とウィルは納得した。

 と、そこで。

 開始と終了の合図以外はずっと黙って見守っていた試験監督が割って入った。


「そこの受験者! 無詠唱魔術は詠唱が評価できないので減点になります! 次の魔術は詠唱ありにしなさい!」

 

 ……これはまずい、な。

 銀縁眼鏡の女試験監督の一言を聞いて、ウィルは思わずそう呟きそうになった。

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