第8話 魔術師は、詠唱を評価されたくない
「そうなのだ!」
ジギーは目をかっと見開いて叫んだ。
そして、ウィルたち三人に向かって続ける。
「君たち三人はこう言っていたな。我が母国、アルセイフ帝国は魔族に滅ぼされたため、優秀な魔術師は残っていないと」
「あー……そういえば、そんな話をしてたわね」
「確かに言った。……ミラが」
「ジギーは、違うと言いたいのか?」
ウィルが返すと、我が意を得たりとばかりにジギーは頷いた。
「しかり。なぜなら! ここにいるからだ、このジギスムント・マルクメリスト! アルセイフ帝国の若き俊才が!」
「あーはいはい」
「……そう……」
ミラとリッタの反応は辛辣だった。
突然、自画自賛を始めた相手に対する反応としては、自然なものだろう。
ところが、ウィルの反応は少し違った。
「なるほど。ジギーは優秀なんだな」
「もちろんだとも。君には見る目がありそうだな」
ミラは肩をすくめている。
リッタは無反応で、運動場にようやく現れた試験監督らしき年配の魔術師を目で追っていた。
「これから始まる試験の、参考にさせてもらいたいものだ」
「いいとも! 君たちは僕の後ろに並ぶといい!」
ジギーの言葉は、試験監督役の魔術師が、運動場に集まった受験者を整列させ始めたことを受けてのものだった。
頷いたウィルだけでなく、ミラとリッタも指示に従って列に並んだ。
いつのまにか、四十人ほどの受験者が集まっていて、列は四列に分けられた。
会話の流れで、ウィルたち三人とジギーは同じ列に並んでいた。
そんな一同を前に、監督役の中で最年長らしい魔術師が進み出る。
自然に静まりかえった集団に対して、こほん、と咳払いをしてから口を開く。
「さて……ここに集まった諸君は、このユセラリオン王立魔術学院への入学を希望するもので相違ないな?」
ウィルを含む、整列した一団は、同意の頷きや呟きを返す。
それで満足したのか、男は頷いた。
「よろしい。では、これから試験の内容を説明する。二度は言わんから、よく耳を傾けるように」
こうして試験の説明が始まった。
ウィルはその内容を頭に入れ、次のように整理した。
・試験は実技試験、筆記試験の順に行う。
・実技試験の成績が一定以下だと、筆記試験には参加できない。
・筆記試験は後ほど場所を変えて行うので、詳しいことはそのときに説明する。
・四列に並ばせたのは実技試験のためで、これから列の先頭から順に試験を受けてもらう。
・実技試験の内容は二種類で、魔術での攻撃と防御をそれぞれ評価する。
・攻撃魔術は威力や命中精度だけではなく、詠唱の安定性や速度も評価対象とする。
・防御魔術は魔法陣が必要な魔術を使用すること。防御の強度だけではなく、陣の構築速度や正確性も評価対象とする。
・試験に合格した場合、結果に応じて、上級・中級・初級のいずれかのクラスに決定される。指定されたクラスが不服な場合は、合格を辞退して後日に再度受験してもよい。
……案外情報が多いが、内容は比較的単純だな。
と、ウィルは思った。
一緒に説明を聞いたミラやリッタ、それにジギーの平然とした様子からしても、さほど特別な試験内容というわけでもなさそうだった。
しかし……
「困ったな」
ぼそりとウィルが呟いた。他の者には聞こえないぐらいの声で。
「ウィル様、何か問題でも?」
「ん、まあな。試験が始まった時にでも話す」
もう少し騒がしくなってからではないと、独り言で目立ってしまう。
そう思ったウィルは、ふと気づいた。
『——シルフィ? 聞こえるか?』
「え、はい、聞こえますー……って言うか、聞こえてはいないんですけど分かります。……これって?」
『<
「あっ、はい、分かりましたー。よかったです、会話に加われないのがちょっと寂しくて」
知らんがな。
思わずそう反応しそうになったウィルだが、なんとか思考に現れるのをとどめることができた。
相手に向けて伝える内容と、そうでない内容を意識でコントロールしなければいけないのが、<
「それで、さっきの『困った』はどういうことなんですー?」
『ちょっと待ってくれ』
ウィルは、リッタとミラに向き直る。
「俺の順番を最後にしてもらっていいだろうか」
「……かまわない」
「別にいいけど、自信ないの?」
「まあ、そんなところだ」
ウィルが言うと、ミラは肩をすくめた。
続けて、ウィルはシルフィの疑問に答えた。
『単純な話なんだ、俺は詠唱がよく分からない』
「はい?」
きょとんとした反応の声。
ウィルは説明を重ねた。
『基本魔術の全八階梯のうち、俺が把握している詠唱は第六階梯以上なんだ。それより下の魔術は、それぞれ数回ずつ使って覚えただけだから、アンチョコがないと無理だ』
「……とんでもないことを言い出しましたねー。ところで、階梯ってなんなんです? 魔術って、初級・中級・上級に分かれているものだと思ってましたけど」
『ああ、現代ではそうらしいな。階梯での分類は、古代魔法王国の時代のものだ。今より魔術の種類も多かったし、研究も進んでいたから、三つに分けるんじゃアバウトすぎだ』
「はー。なるほどー。でも、それだと……ええと、第六階梯より下の魔術は、どうやって使っていたんですか? 勇者様と旅をしていたときには普通に使っていたんでしょう?」
ウィルの説明を聞いて、新しく生まれた疑問をシルフィは突きつける。
『それも単純だ。詠唱は省略する』
「えっと……いわゆる、無詠唱魔術ってものですか?」
ウィルは内心で頷いた。
いま実際に頷くと変なやつに見られるので、あくまでも内心だけだったが。
『その通りだ。だから、詠唱が評価対象なのは困るんだ』
「はあ……。でも、無詠唱のほうが、詠唱ありより高度だと思われるんじゃないですかー?」
それはそうなのだが。
『それは「手加減」になっているのか?』
「あ、あー……そうですね、確かによくないかもしれませんっ」
『だろう?』
シルフィはぶんぶんと首を振っている。
そんな彼女を見ながら、ウィルは他の三人の魔術を参考に、ほどよい加減を探らねば……と考えていた。
そうこうしているうちに、試験は始まっていた。
一つの列ごとに、標的として三つの的が設置されている。
二つは近くに隣り合っていて、もう一つはずっと遠くだ。
後ろに並んだウィル達にも聞こえてくる説明によれば、三発撃って、一つずつ破壊する必要があるらしい。
「近くに並んでいる二つの標的を一つずつ破壊するには、魔術の威力を調整しないといけないわ。術式の精度が求められるわね」
「……遠くに飛ばして当てるのも、力だけでなく精度が必要……」
「ふっ、まるで児戯にも等しい試験内容ではないか」
ミラとリッタが、的確に実技試験の勘所を読み取った。
ジギーは、金髪を掻き上げて鼻で笑うという自信満々な態度を見せる。
そしてウィルは。
『くっ、標的が近すぎる……四列ぶん、まとめて破壊してよいのなら容易いのだが……』
シルフィにだけ聞こえる念話で、三つの標的ではなく、四列あわせた十二個分の標的の配置に対して愚痴っていた。
列と列の間の標的の距離は、十数メートルはあるにも関わらず。
「ウィル様、いくらなんでもそれは雑過ぎるんじゃ?」
『詠唱を把握している、第六階梯以上の魔術は影響範囲が広いんだよ……』
ウィルの呟きに、シルフィは小首を傾げた。
「第六階梯というと……ひいふうみいよ……中級と上級の間ぐらいですよね? 一応、わたし、現世の魔術にはそれなりの知識があるんですけどー……そんなに派手な魔術ってありましたっけ?」
『いや、それは誤解だ』
「えっと……?」
ウィルの言葉に、シルフィはますます疑問の体。
『第四階梯の魔術からが、現代で言う上級魔術にあたるみたいでな』
「ってことはー?」
『第六階梯ともなると、現代で使える魔術師は殆どいないっぽいぞ』
ウィルが平然と念話で伝えてくるが、シルフィは顔をさっと曇らせた。
そして、泡を食ったような勢いで言う。
「いやいや、ちょっと待ってください、学院の受験でそんな魔術使っちゃだめですよー」
『まあ、そんな気はしていた』
言われたウィルは平然としたものだったが。
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