第7話 魔術師は、心当たりを確かめる

 試験会場に急いだほうがいいと主張することで、とりあえず二人をその場から動かしたウィルは、自分も学院の試験を受けに来ていることを説明した。

 そして、道すがら、ウィルは二人の名前を聞くことにした。


「アンリエッタ・ハーウェル。みんなにはリッタと呼ばれている……」


 先に応じたのは、白銀の髪の少女だ。

 背丈が低く、顔つきにも体つきにもどこか幼さのある彼女は、魔術師らしく、身の丈より大きな、ねじくれた杖を携えている。瞳の深い青とは異なる、空色のローブにかかる程度の長さに、髪を切りそろえていた。


「私はミラ・リッツよ」


 続いて答えたのは、長い赤い髪の少女だった。

 白銀の髪の少女と比べると、身長にも体型も成熟しているが、それでも少女の域を出ない。瞳はくすんだ赤みのある黄色——いわゆるはしばみ色で、大きく、少し吊り目気味なせいもあってか、なんとなく猫のような印象がある。

 着ているのは黒いローブだが、リッタと違って裾丈は短め。魔術の発動体としてだろう、ベルトに短杖を挟んでいた。活動的な雰囲気だ。


「ふむ……アンリエッタ・ハーウェルと、ミラ・リッツだな。分かった、覚えておこう」

「リッタでいい」

「私もミラで良いわ。学院に入学するなら、同期になるのだものね。試験を通ればだけど。……で? 魔術師としての大先輩であるところの、貴方の名前はなんていうの?」


 寡黙に応じたリッタと違って、まだ先ほどの一幕での怒りが収まってないのか、ミラは皮肉げに言ってくる。

 ウィルは、その言葉に頷いて答えようとした。


「ああ、先に名乗るべきだったな。俺はウィルナ——」

「ウィル様っ! 本名はいけません!」


 ところが、シルフィに遮られた。

 シルフィの身隠しの精霊術は、姿を隠すだけでなく、声までも他の人間の認識から外すものだ。

 なので、突然口ごもったウィルの自己紹介を見て、そこで名乗り終わったものだとミラは認識したらしい。


「ウィルナ? 変わった名前ね?」

「いや、ウィルだ。言い間違えてしまった」

「……あ、そう」


 自分の名前を言い間違えるとか……と呟いているミラをよそに、ウィルはリッタに話しかけた。 


「ところで、ちょっと聞きたいことがあるんだが……」

「ん……何?」

「もしかして、君には姉がいるのではないか?」


 ハーウェルという家名には聞き覚えがあった。

 それに、彼女の顔立ちにも若干の既視感がある。

 可能性は高くはないだろうが、ひょっとすると……。


「いる。私の姉は、ステラ・ハーウェルって名前……それが、どうかした?」


 やはり、か。

 ウィルはこの偶然に驚いた。

 先ほどの悶着のときに目を引かれた理由の一つも、既視感によるものだったが、まさか本当に知り合いの妹だとは、な。


「それは、勇者の仲間のステラでいいんだな? いや、どことなく彼女に似ている気がしたんでな」

「あら貴方、ステラさんと知り合いなの?」

「ウィル様!」


 再びのシルフィのツッコミ。

 ウィルは、やりにくいなと思いつつも、身の上がばれないための言い逃れを考えた。


「直接の知り合いというわけではないが。以前、勇者たちを見かけたことがあるんだ」

「ああ……そういうことね。ステラさんは有名だからねっ!」

「うん」


 自慢げに胸を張ったのは直接には関係のなさそうなミラで、実の妹のリッタはただ頷くだけだった。

 ウィルは話の流れで聞いてみる。


「やっぱり、リッタも魔術が得意なのか?」


 その問いかけに、白銀の髪の少女はいい顔をしなかった。

 表情を硬くしたあと、少し俯いてから答える。


「……姉さんほどじゃない……」

「謙遜しないの」


 リッタの苦しげな呟きを聞いて、ミラがその背中を軽く叩いた。

 そして、ミラはウィルに向き直る。


「こう言ってるけど、リッタの魔術も相当よ。もちろん、これから私と一緒に学院に通うわけだから、今は半人前だけど。でもでもっ、その辺の新入生なんかとは比べものにならないわっ」


 ウィルは軽く頷きを返した。

 初対面時の印象で、ただのかんしゃく持ちのように思えていたミラだが、仲間想いの一面があるらしいな。


 ウィルは続けて、二人の関係を聞こうと思った。

 が、そのために思い浮かべた質問は、一行が目的地に到着したことで雲散霧消した。


「ここが、ユセラリオン王立魔術学院ね」

「大きい……」


 ユセラリオン王立魔術学院は、大陸有数の学術機関だ。

 奥には数百人単位で収容できる壮麗な学び舎があるが、そこにたどり着くまでにもかなりの距離を歩く必要がある。敷地も含めると、下手な城より大きいだろう。

 そんな学院の光景に、二人の少女は圧倒され気味に立ち止まっていた。


 しかし古代魔法王国の基準で考えるウィルにとっては、それは中から小程度の学校でしかなかった。

 二人の後方に位置したまま、こっそりとシルフィに話しかける。


「ところでシルフィ、現代の魔術学院ではどのような試験を課すのだ?」

「えーと、そうですね。詳しいことは分かりませんが、だいたいは筆記試験と実技試験の総合点での判断じゃないかと思いますー」

「なるほどな。その辺の違いはあまりないわけだ」


 ウィルは納得して頷く。

 万に一つも入学試験に落ちるとは思えないが、自分の正体が、ステラの妹という関係者にばれないように振る舞わなければならないことも考えると、注意深く取り組む必要がありそうだった。


「ウィルっ、はぐれるわよ!」

「すぐ行く」


 やりとりと思考の間に歩き出していた二人の背を追いかける。

 学院の敷地内には、受験者を案内する立て看板が設置されていた。

 それに従うことで、ウィルたち三人は迷うことなく試験会場まで辿り着いた。


「太陽は中天ね……ちょうどいいタイミングだわ」

「……ミラのせいで、遅刻するかと思った……」

「あ、あれは仕方ないじゃない」


 二人のやりとりを聞きながら、ウィルは視線を走らせた。

 受験者の集合場所は敷地内に設けられた運動場らしき一角だった。

 そこには、すでにある程度の人数が集まっていたが、総勢で二十人に満たない。


「試験を受けに来る人間は、あまり多くないのだな。有名な学校と聞いていたから、もっと人数がいるのかと思っていたが……」 

「ん。魔術についてまったく知識が無い人間は、ここにはこない」

「どういうことだ?」

「あら、知らないの? 冒険者とかになりたくて、魔術師を目指す人間は、村や町にいる魔術師の指導を受けるのが普通でしょ? 基本的な魔術を覚えたら、後は冒険に出て自学と実践で勉強することが多いし。ここに来るのは、導師として認められたい魔術師だけなの」

「導師と認められれば、正式な学校を開いたりできる。国に仕えたり、ギルドで働くにも有利……勇者の仲間になることもある」


 ほう、とウィルは唸った。


「とすると、ここに来ているのはある程度エリートということか」

「……不思議。それを知らなくて、ウィルはどうしてここに?」

「ああ……そのなんだ、人の勧めがあってな」

「そうね。師匠の勧めで通う人も多いわね。私とリッタもそうだし……」

「そうなのか」

「ある程度以上の実力を身につけようと思ったら、ここにくるのが一番だもの。あ、でも、アルセイフ帝国だと違うみたいね。あそこは、国力増強のために魔術師を育成していたから、子どもの頃に素質を判定して、資質がある子供は半ば強制されて魔術学校に通うことになるの」


 ふむ。国によって考え方が異なるというわけだ。

 魔術師の軍事、経済面での価値を考えれば、帝国の方針も妥当だろう。


「まあ、帝国は魔族に滅ぼされちゃったし、そのときの戦争で、優秀な魔術師はほとんど残っていないんじゃないかしら」


 ミラの言葉に、ウィルは頷いた。

 勇者パーティーの一員として、占領された帝国を旅したことがあるが、それなりの魔術師の姿はなかなか見かけなかった。

 もちろん、現代の基準で強い魔術師が皆無というわけでもなかったが……。


「そこの君たち。その発言は見過ごせないな」


 話している三人の前に、そんな発言と共に立ち塞がった人物がいた。

 男にしては長い金髪に碧眼、あまり日焼けしていない白い肌、明らかに高級そうな肩飾り付きのダブレットと、見るからに上流階級の人間という風情だった。


「……どなた?」

「見過ごせない、ってどういうこと?」


 リッタが呟いて、続けてミラが不機嫌そうに聞き返す。

 ミラの態度は、もしかして人見知りによるものなんじゃないか、とウィルはふと思った。


「ふっ……問われたからには答えよう、僕の名前はジギスムント・マルクメリスト。アルセイフ帝国の若き俊才と称される魔術師だ」

「ふむ。呼びにくい名前だな、ジギーでいいか?」

「なっ……」


 ミラとリッタのように、簡単に呼びたいウィルがそう言ったら、男は眉を逆ハの字にした。

 貴公子然とした顔のよい男なだけに、そんな表情もなかなか様にはなっていた。


「貴様のような見知らぬ男に愛称で呼ばれる理由など……」

「あら、いいじゃない。ジギー。私もそう呼ぶわ。ね、リッタ」

「簡単な方がうれしい」


 くすっと笑ったミラが言い、リッタが追い打ちをかけるようにこくりと頷く。

 ジギーは、苦虫を噛み潰したような表情に変わる。

 いや、実際に歯ぎしりをしていた。


「ぐぬぬ……」

「それで、ジギー、見過ごせないってのはなんだ?」


 仕方ないので、ウィルはそう水を向けてやることにした。

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