第6話 魔術師は、入学前に同級生と知り合う

 街門での一連のやりとりの後、ウィルは街の中に足を踏み入れた。

 シルフィも、もちろん付いてきている。


 人には見えない上に、声さえも聞こえなくなっているという、身隠しの精霊術を発動中の彼女だが、ウィルにはその存在が伝わってくる。

 魔術などの補助なしでも、この辺にいる、というのはなんとなく分かるのだ。

 なんでも、ウィルにだけ存在感が伝わるように精霊術を調整しているとのことだった。


 もちろん、ウィルが本気で探査術を使えば、シルフィが全力で姿を隠そうとしても判別できる自信はあった。

 だが、あえてそんなことをする意味も無かったし、姿が見えていると目で追ってしまうので、周囲の人間に行動を怪しまれてしまう危険もある。

 なので、なんとなく認識できるぐらいが、ちょうど良かった。


「さて……いきなり学院に向かえばいいのだったな?」

「そうですよー。ユセラリオン王立魔術学院は、この時期、毎週末に入学試験を行っていますから、さっさと試験に合格して、入学を決めちゃいましょう!」

「そうしよう。しかし、なぜ年に一度の試験にしないのだ?」


 事前に、毎週試験があることは聞いていた。

 今のウィルの目的——少しでも早く『手加減』を身に着けて勇者パーティーに復帰する——には都合がよい。だから、聞いたときは気にならなかったのだが。

 年一回でまとめてやったほうが、コストなどで有利ではないのだろうか。


 ウィルは、古代魔法王国のふつうの魔術学校に通ったことはないが、当時は年に一度のペースで試験が行われているというのを書物で読んだ覚えがある。

 なので、ウィルの感覚ではそこが少し分からなかった。


「あー、それはですねー。古代魔法王国の頃と違って、交通機関が未発達だからですよ。試験日までに間に合わないとか、そういうのが続出しちゃうんで」

「しかし転移魔術を使えば、どこからでも一瞬で……」

「これから入学する学生が転移魔術を使えるとでも……? ていうか、現代ではトップクラスの魔術師でもまず転移魔術なんて使えませんよ?」


 なんだって。

 ウィルは驚きに目を見開いた。


 確かにこれから学んでいく学生が転移魔術を使えないのは考えられる。だが、トップクラスでも使えない、だなどと。

 それでは……それではまるで……。


「現世の魔術師は、無能の集まりではないか」

「…………。そういう危険な発言は、学校でしないでくださいね。目を付けられるどころじゃ済みませんよ」

「……むう、了解した」


 ウィルは素直に頷いた。

 現代の魔術のことは、封印が解けたあとで、若干の調査をしておいたのだが。

 一流の魔術師は研究機関から外に出てくるはずもないので、市井の魔術師しか見ることができなかった。


 だから、レベルの低さは承知していたが、それはあくまでも現場の魔術師の話で、研究機関にいる魔術師たちが、まさかそこまでだとは思わなかった。


 認識を修正しておく必要があるらしい。

 基本的な転移魔術が使えないのであれば、次元操作などは不可能だろうな……。

 いやしかし、妖魔の類を召喚する召喚魔術を人が使っている場面は見たことがある。そういう魔術師の中で優れた者であれば、限定的な次元介入も可能だろうか?


「おいっ、この野郎! どこに目を付けて歩いてんだ!」


 考えごとをしながら学院までの道のりを歩いていたウィルの耳に、男の怒声が飛び込んで来た。

 ちらりと視線を向けると、そこには顎傷のある柄の悪そうな男と、二人の少女がいた。


 ふむ……勇者パーティーの仲間だった、リオよりは年上、メリアやステラよりは年下というところか。

 ウィルは少女達の年齢をそう見積もった。


「何よ、前を見てなかったのは貴方のほうじゃない! リッタに謝りなさいよ!」

「ミラ……。いいの、私は大丈夫だから……」


 長い赤い髪の少女が、もう一人の白銀の髪の少女を庇うように背中に隠して、因縁をつけてきた男に、逆に食ってかかっている。

 

「駄目よ、リッタ。この手の男にはガツンと言わないと。やられっぱなしじゃつけあがるだけなんだから」

「ん……でも、最初にぶつかったのは、私たち……」

「だからって、大の男が威嚇してくるほうがおかしいの!」

「おい、嬢ちゃんよ」


 わりと理不尽なことを言われて、顔を赤く染めた男が口を開くが。


「いけない、こんな人と関わっている暇はなかったわね。行きましょう、リッタ」


 赤い髪の少女は、唐突なくらいに男を無視して、銀髪の少女の腕を引いてその場を立ち去ろうとした。


 だが、顎傷の男は、それでは済ませられないと思ったのか、そんな少女の前に立ちはだかると、ごつい手で、赤い髪の少女の頭をむんずと掴んだ。

 体格差の違いで、少女の背丈は、男の胸元にも届いていない。

 そして、男は怒鳴る。


「いいかげんにしろよ、ガキ。行くなら行くで、ちゃんと謝ってからにしろってんだ!」


 粗暴な行動に出た男に、辺りはざわついた。

 それに反応したのはそばにいる人間だけではない。

 風精霊のシルフィもだった。


「ウィル様、あれ——いいんですか?」

「ん? なにが?」


 成り行きをなんとなく見守っていたウィルは、興味のない口ぶりでシルフィの問いかけに応えた。


「なにがって……絡まれている女の子を助けるべきじゃないですか?」

「んん……? しかし、どちらが喧嘩を売ったのかは、いささか微妙な気がするが……」

「大きな男の人が今にも暴力を振るおうとしているのに……見過ごすんですか?」


 勇者パーティーの一員だったのに、弱きを助けないのは……とシルフィの顔には書いてあったが、ウィルはさらに首をひねった。


「いや、そうでもないだろう」


 え、とシルフィが呟いたとき、それが起きた。


「その汚い手を離しなさいよね……<着火イグナイト>ッ!」

「うあちっ! お、お前、魔法使いか!」


 赤い髪の少女が一工程シングルアクションで起動した魔術で、男の手の甲に火が灯った。

 あくまでも警告のつもりだったのか、生み出された火はすぐに消えた。

 だが、一瞬とはいえ、火を押しつけられた男はたまったものではない。彼は飛び退くようにして腕を引き戻すと、自分の手の甲に息を吹きかけていた。


「そうよっ。私と彼女は魔術師。ユセラリオン王立魔術学院に、導師の資格を得るためにやってきたんだからっ!」

「ミラ……やりすぎ」


 腰に手を当てて、胸を張る赤い髪の少女。

 それを、困ったなという顔で見ている白銀の髪の少女。

 そして、男はというと、今度こそ腹に据えかねたという様子で——魔術師相手に、頑張るものだなとウィルは思った——赤い髪の少女をにらみつけていた。


「……そこまでにしといたらどうだ?」

「ウィル様?」


 そこに割って入ったのが、ウィルだった。

 シルフィが疑問げな声を上げたが、それが聞こえるのはウィルだけだ。

 

「貴方、誰よ?」


 すぐに嚙み付いてきたのは、ウィルの予測通りに、赤い髪の少女だった。

 一連の出来事の流れによるものだろう。頬を赤く上気させて、憤然としている。

 ウィルは、そんな彼女をたしなめるように、ことさらにゆっくり言った。


「——魔術を使えない相手に、一方的な力を振りかざすのは、褒められた行いではない」

「……っ」


 一瞬、言い返そうとした少女だったが、ウィルの言葉に一理あることを認めたのか、黙り込んだ。

 

「で。そちらも、このような子供に対するには、やや大人げない態度ではないかね?」


 続けてウィルは男に向き直った。

 背中側で「子供じゃないわよ」という呟きが聞こえてきたが、それは無視する。


「ふん……気に食わんが……まあ、あんたの言う通りか」


 男は、周囲で成り行きを見守っていた観衆に視線を投げてから、案外あっさりと引き下がった。


 ウィルが割って入ったタイミングで、気勢を削がれたのもあるだろうが……。

 どうやら、魔術師相手に徒手空拳で喧嘩を売ることの分の悪さも理解しているようだな、とウィルは思った。


 もし、これでどちらかが引き下がらないようなら……と考えていたウィルには、男の態度は好都合だった。


「この二人には、魔術師として先達である俺から注意をしておこう。それで許してやってくれ」

「……ん、まあ、いいぜ」


 男は頷いた。


「はあ? 貴方、いったいなんのつもりよ」

「……ミラ、やめて」

「でも、リッタ」


 納得できない様子の赤い髪の少女を、銀髪の少女が宥めている。

 ウィルはその二人は放っておいて、男に立ち去るように促した。

 男は肩をすくめつつも、その場を離れていく。


「なんとか納めましたね、ウィル様」

「とりあえず、な」


 ウィルは、シルフィにだけ聞こえるように呟いた。

 正直、彼女が促さなければ、放っておくつもりだったのだが。


「ちょっと貴方、無視してないでなんとか言ったら?」


 明らかに機嫌の悪そうな口ぶりの言葉と共に、赤い髪の少女がウィルのローブの袖を引く。

 リオがここにいたなら、こうしただろうと思ったのが……運の尽きだったか。

 ウィルはこっそりため息を吐いたのだった。

 

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