学院入学試験編

第5話 魔術師は、魔術学校に通うことにした

「あれが、この国の王立魔術学院か……」


 ウィルは眼下に見える街並みをじっくりと観察していた。

 ここは、ブレンステッド大陸の東南部。

 ユセラ王国の首都ユセラリオン。

 精霊神の思わぬ訪問を受けたあと、彼女の情報提供に従って、すぐさまウィルが向かった先である。


「うう、目がぐるぐるしますぅ……」

「初めての転移魔術では、そうなりやすい。なんなら、地面に降りていてもかまわないぞ」

「いえいえー。わたしも風精霊シルフの端くれ、空にいるほうが安心するのですよー」

「そうか、ならいいが」


 飛行魔術で空を飛んでいる最中のウィルには連れがいた。

 女神の使い兼ウィルの修行のサポーターとして派遣された、風精霊だ。


 風精霊というのは、精霊神の配下である精霊の一種だ。

 人の四分の一ぐらいのサイズなのと、背中からトンボのような半透明の羽を生やしている点を除くと、人間と見た目の違いはあまりない。

 性別は女で、年齢は数百歳ということだが、外見的には十代の子供に見える。


 なお、精霊には個体名を付ける習慣がないらしい。

 精霊神によって彼女を紹介されたとき、そのことが分かった。

 名前がないのでは呼びかけに都合が悪いとウィルが主張したら、精霊神から彼女の名前を決めてくれと言われた。

 ウィルは、そのとき自分が決めた名前で、彼女を呼んだ。思えば、実際に呼ぶのはこれが初めてだ。


「それで、シルフィ。この学校に通うことで、俺は『手加減』を身に着けられるんだな?」

「………………」

「シルフィ?」


 ウィルが再度呼びかけると、シルフィはため息を吐いた。

 どうやらまだ気分が優れないらしいな……。

 まあ無理もない、とウィルは思う。


 少し待つと、どことなく渋々といった感じで、シルフィが口を開いた。


「まあ……分かりやすくて、いいですけどもぉ……。はぁ。気を取り直して行きましょうか」


 間にため息を吐きながら、シルフィは続けた。


「……ええと、学校については、そうですね。精霊神様はそう仰ってました。『手加減』を学ぶために、まずは実力を隠して、普通の学生に混ざって生活するのがいいでしょう……だ、そうです」


 ここに来る以前にも、女神から説明は受けていた。

 学校に平凡な生徒として混じることで、手加減と同時に、現代における魔術の標準的なレベルを学べるのだと。


 確かに、ウィルの知識は古代魔法王国期のものなので、現代のレベルに合っていないところがある。あえて、現代の遅れた……いや、後ろ向きに進んだ? 現代魔術の方法論を取り入れれば、結果的に手加減をするのも楽かもしれない。


 そう納得したウィルは早速、転移魔術を使って、この都市を訪れたわけだった。


「……だが、見た感じ、あまり規模の大きな学院ではないのが気になるが」

「いえいえ、ユセラリオン王立魔術学院は、この大陸では二番目ぐらいに大きなところなんですよー」

「そうなのか。初等学校か何かだと思ったが」

「あー……。……古代魔法王国の感覚で言っちゃうのはどうかなと、私は、思いますけどぉ……」

「む、それもそうだな」


 ウィルは反省した。

 なぜか、じとっとした目でこちらを見ていたシルフィの視線が気になったが……そんなに気分が悪いのだろうか?

 吐き気が生じても、魔術で感覚を操作してしまうウィルには、いまいち分からない悩みだった。


   * * *


 上空からの観察に満足して、人目に付かないようひっそりと街門の外に降り立ったウィルは、隣で浮かんでいるシルフィに確認した。


「……ええと、まずは入学試験に合格しないといけないんだったな?」

「はい。それに、ウィル様は勇者パーティーの一員として名前が知られていますので、変装をする必要があると思います」


 なお、シルフィの姿は他の人間には見えない。

 精霊神によれば、シルフィは人から姿を隠すための精霊術を使えるのだそうだ。

 確かに、精霊なんて珍しい存在を常に連れ歩いていては、目立ってしまうだろうから、彼女にそういう能力があるのは都合がよかった。

 しかし、ウィル自身については……。


「別に俺はこのままでかまわないが?」


 何が問題なのかが分からないウィルが、そう言って首をひねった。

 

「駄目です。勇者の元仲間だなんて、目立ち過ぎてしまって、とてもとても。修行になんてなりませんよー。ですから、これを首にかけてくださいね?」


 そういうと、シルフィは懐から銀色の鎖の輪にメダルが付いた、ペンダントのようなものを取り出してきた。


「首に? これを?」

「ああー……。そうですね、手首にでも付けておいてください……」


 シルフィが持っていてさえ、小さいと感じられるペンダントだ。

 人間のウィルの首にかけられるようなサイズではなかった。

 仮に無理矢理装着したら、鎖が切れるか、あるいは呼吸困難で死んでしまうかのどちらかだろう。


 ウィルは言われるままに、受け取ったペンダントを手首に巻いた。


「む……これは」

「それには、認識阻害の神術がかかっています。ウィルさんの正体を隠すために、精霊神様が特別に準備してくれたもの——つまり神器です。ちょっとやそっとのことでは壊れませんけど、大事にしてくださいねー」

「俺用にしては、サイズがおかしかったようだが……?」

「まあ、精霊神様はそういうお方なので」


 ふむ、とウィルは息を吐いて、少し前に会ったばかりの女神のことを思い出した。

 

「……なるほど、たしかに抜けているところがありそうな……」 

「それ以上は、どうか」


 懇願めいたシルフィの言葉に、ウィルは口をつぐんだ。

 どうやらこいつはこいつで苦労しているらしい。

 短いやりとりでそんなふうに感じ取ったウィルが、精霊と精霊神の日頃の関係がどのようなものなのかと思いを馳せていると。


「ウィル様、門番の人が近づいてきます」

「む……分かった」


 シルフィの言葉どおり、街門の側にいた兵士がこちらに歩いてくる。

 門の近くまできて、突然立ち止まったウィルを怪しんでのことだろう。

 シルフィと話していたわけなのだが、彼女はすでに姿を隠していたのだから、不審人物に見えるわけだ。


「そこのお前、この街に入るつもりか?」

「そのつもりだ。俺は魔術師……を志すもので、ユセラリオン王立魔術学院の入学試験を受けに来たんだ」

「ああ……なるほど。で、なんで立ち止まっている?」

「気合いを入れていた」


 兵士はちょっと変な顔をしながらも頷いた。

 納得はして貰えたようだ。


 勇者パーティーの一員として、冒険の旅を続けていたウィルにとって、街への出入りは慣れたものである。

 こういう場面では衛兵も舐められないように強気に出てくるのが常だから、横柄な態度も気にならなかった。


 ただ、ちょっと、相手にどんなふうに自分の姿が見えているのかが少し気になった。

 認識阻害の神術とやら、どう働いているのやら……。


「街に入るためには入市税が必要だが……払えるか?」


 そう言って、衛兵が提示してきた額は大したものではなかった。

 ウィルは懐に入れた巾着財布から、必要な硬貨数枚を取り出して彼に渡す。


「よし。もし、仮にだが、あんたが魔術学院の試験に通ったら、そのときは滞在税が必要に——」

「合格する自信はある」

「まあ、みんなそう言うんだがな……合格率は決して高くはないからなぁ……駄目だったときも、気を落とさないようにな」

「そうなのか?」


 ウィルは問いかけた。

 上空から見た学院の規模からすると、それほどの難関のようには思えなかったためだ。


 ……ゴーレム工房や、実験用モンスターの厩舎はなさそうだった。現代魔術のレベルがかなり下がっていることもあり、そこまで高度なことを求めてはこないと思っていたのだが……。


 もしかして、迷宮でも存在しているのだろうか?

 迷宮踏破の試験となると、実力を隠して参加するという条件では少し厄介だな。

 シルフィにも後で聞いてみるか。


 兵士からの答えを待ちながら、そんなことを考えていたところ。


「毎年の合格率は、だいたい五〜六割ってとこだな」

「ほう……それはそれは」

「びびったかい?」


 こっちを挑発するようなニヤニヤ笑いを浮かべた兵士を見返して、ウィルは微笑んだ。


「ますます、気合いが入って来たとも」

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