第4話 魔術師は、神託の真相を知る
「俺が強すぎる、とは……どういうことだ?」
しばしの時間が流れて、ようやくウィルが発したのはその一言だった。
「いえ、ですから、ウィルさんは強すぎるので、リオさんと一緒に戦ってもらっては危なくて、神としてはちょっと困るなーって、そういうことなんですよぉ」
「……よく、分からないのだが」
「あれ? そうですか?」
一、勇者リオと、自分が一緒に戦うと危ない。
二、それは、ウィルが強すぎるからだ。
ウィルには、意味がさっぱり分からなかった。
「強いのなら問題ないのではないか? 仮に、弱いのなら、俺自身が危険だったり、リオの足手まといになる可能性がある、という理屈になるのだろうが……」
なので、ウィルは重ねて聞いてみた。
すると。椅子に座っている女神は、ああ、と呟いて。
彼女は量感たっぷりの胸の前で、両の手のひらを可愛く打ち合わせた。
ぱぺち。またまた気合いの抜けた音がする。
「そういうことではないのですよ〜。すみません、分かりにくくて。わたし、説明は昔から下手なほうなんですよねぇ〜。ええと、頑張って、一から説明してみますね?」
「ああ、よろしく頼む」
ウィルは頭を下げた。
ちょっとした事情があって、ウィルはこの時代のことには詳しくないのだ。丁寧に説明してもらえるのはありがたかった。
「ウィルさんって、古代魔法王国の生まれじゃないですか」
「ああ、その通りだ」
そうだ、それが知識不足の理由だ。
「それも、普通の人間じゃなくて、古代魔法王国の最強の魔導兵器——そうなるために生み出された存在ですよね」
「そうだ。千年前に滅びた魔法王国が、最後に完成させた実験体が俺だ。どういう事情か分からんが、この千年間ずっと封印されていて……最近、目を覚ましたんだ」
女神相手に隠しても無駄だろうと思ったウィルは、リオにだって話していない身の上を明らかにする。
どうして自分がこの時代に蘇ったのかは分からない。
ただ、遺跡のポッドから目覚めて、しばらくしてリオに出会って。
そして、成り行きで勇者パーティーの一員になった。
それで今に至る、というわけだ。
その一連の出来事は、不愉快ではなかった。
古代魔法王国時代の記憶は、ずっとずっと繰り返していた訓練のものしか残っていない。
目覚めてからしばらくは、現代の情報収集を行っていたが……リオとの出会いで、ウィルには仲間と呼べる存在が出来たのだ。
リオはウィルに助けてもらっているつもりだったのかもしれないが、それはウィルにとっても同じことだった。生まれたときから独りぼっちだったウィルに、リオの存在がどれだけ大きかったことか。
「それで、ウィルさんはご存じだと思うんですけど、今この世界にいる人達は魔術は得意じゃないんですよ」
「ああ、それも承知している」
古代魔法王国であれば、基礎だったことが、現代の魔術師には難しい。
どうやら魔術の知識はずいぶん廃れていると、ウィルは目覚めてすぐに理解することになっていた。
とはいえ、詳しい知識はないのだが。
「でも、それだけじゃないんです」
「……どういうことだ?」
「ウィルさんの魔術は、古代魔法王国時代でも強すぎたんです」
「……そう、なのか?」
それは……ウィルにはよく分からない。
古代魔法王国時代に生み出されたウィルは、ずっと魔術のトレーニングをしていた。生み出された当初から刷り込まれていた魔導の知識を用いて、召喚獣などと戦ったり、実験という名目で荒野の地形を変えさせられたり、高度な魔術儀式に協力させられたり——そんなことをしていた。
たしかに、生まれた後に読んだ魔導書で、理解できないものはなかったが……。
「そんな、強いウィルさんが、全力を出してしまうとぉ……」
「全力を出すと?」
そこまで強い敵はこれまでいなかった。
だが。こないだ戦った獣魔王は、魔術については大したスキルを持っていなかったが……。
獣魔王はあくまでも大魔王の配下なのだ。
他の魔王には魔術師のようなやつがいるかもしれないし、大魔王当人と戦うときには全力が必要かもしれない。
そのとき、全力を出すと……どうなるのだ?
「ああー、あの大魔王であっても、ウィルさんが負けることはないと思いますよ」
「そうなのか? だが……」
では、何が問題なのか。
「でも、ウィルさんの全力の魔術は、大陸ごと大魔王を消し飛ばしちゃうでしょうね〜」
「……なんだって?」
「流石に、そんな大殲滅魔術……というか、惑星破壊魔術みたいなのを使われちゃった日には、神の加護があっても、リオちゃんも一緒くたにどーんっ、になっちゃいます」
「………………」
可愛らしいえくぼを作って微笑む女神に、ウィルは沈黙するしかなかった。
しばらくして。
「……なるほど、そういうことか」
「分かっていただけましたか〜」
ああ……、とウィルは頷いた。女神の言いたいことが完全に理解できたのだ。
なるほど。だから、強すぎると。
「そういうことなら仕方ないな」
ウィルは腰掛けている椅子の背もたれに体重を預けた。
リオの力になろうとして、リオを吹き飛ばして……殺してしまうのでは、何の意味も無い。そのあと自分は、後悔に包まれた一生を送るのだろう。
そんなことになるぐらいなら、勇者パーティーの旅についていかないほうがいい。
そのための神託だった、ということか。
ウィルはため息を吐いた。
悔しいが、そういうことなら、自分の出番はないのだろう。
「いえ〜。それが、そうなってしまうと困るんですよね〜」
「うん? だが、しかし、いまの話では……」
女神が言ったことからすると、ウィルはリオのパーティーに参加しないほうがいいのではなかったのか?
ウィルはそう思ったのだが。
「でも、いまのリオちゃん達では、大魔王には勝てないんです」
「……なんだと?」
ウィルがリオと行動を共にすると、大魔王との決戦でリオを巻き込んで殺してしまう可能性がある。
だが、ウィルがいない勇者のパーティーでは、大魔王には勝てない?
それでは話が違う。どっちの選択も——
「そうなんです。駄目なんです。今のままだと、リオちゃんは死んでしまいます」
「——っ」
ウィルは唇を噛んだ。
馬鹿な。あのリオが。勇者リオが。大魔王との決戦で失われてしまう、だと……?
生まれ育った世界にいつか戻りたいと言っていたリオが。この世界で。
納得できない。理解できない。許せない。
「そんな未来、認められるものか——っ」
「はい、私たちもそう思っています」
ウィルが、歯と歯の間から押し出したその言葉に、女神はあっさりと頷いた。
その思ってもいなかった反応に困惑して。
ぱちぱちと、ウィルは瞬く。
「……どういう、ことだ?」
「つまり、単純なことなんです」
女神は微笑んだ。ふわふわと、あくまでも柔らかく。
そして言う。
「ウィルさんが、『手加減』すればいいんです。実力の八割、いえ、半分ぐらいしか出さずに、大魔王を倒してしまえば、それで万事が解決! みんな、ハッピー! リオちゃんも元気に地球に帰れて、そして人類は幸せになりましたとさ、パチパチー——ってことなんです」
ウィルはその女神の冗談めかした発言に喜ばなかった。
むしろ、首を傾げた。
「俺が『手加減』すればいい、だと? そんなことでいいのか?」
それなら、これまでの話はなんだったのか。
全力を出さずに倒せばいいというだけなら、最初からそういう神託を下せばいいではないか。
いったい、何のために——
ウィルの疑問に、女神は答えた。
「いやだって、ウィルさんって『手加減』とかできないですよね? ステラさんとの組み手で、あの子を時空の塵に変えそうになったじゃないですか〜。実際の相手はあの大魔王なのに、そんな下手くそな手加減で、どうにかできるわけないですよ〜」
ウィルはそれを聞いて。
あっ、それもそうだな、と深く納得したのである。
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