第3話 魔術師は、女神と対話する

 あれから、会話を続ける前に、二人はウィルが借りている部屋に移動した。

 宿屋の娘のコレットやその他の客の耳に会話が入ると、騒ぎになりそうだったからだ。


「ええと、それで……貴方は神、なんですか」

「はい、そうなります〜」


 部屋の片隅にある小さな卓に腰を落ち着けて、ウィルが切り出す。

 すると、椅子に行儀良く腰掛けた、ほんわかしたお姉さんにしか見えない女神は頷いた。


 まさか、神との初めての対話が、こんな小さな宿屋で行われることになるとは。

 ウィルがそんなことを考えたのは、この急な展開に思考が麻痺していたからだろう。


「そうですか……とするとですね、私が疑問に思うのは——」

「あっ、もっと気安くお話ししてもらって、構いませんよー」


 神だと言うのであれば、直接信仰していないにしても、それなりの敬意を示す必要がある。

 そう思ったウィルの敬語だが、相手にやめてほしいと言われてしまった。


「は、はあ……じゃあ……敬語は省かせてもらう」

「はい、どうぞー」


 こくこくと頷く、女神。

 この気の抜けた調子はなんともやりづらいな、とウィルは思った。

 だが、ともかく、気になっていることを質問することにする。


「この世界には、神は複数存在すると言われているが……貴方がどの神なのか、教えてほしい」


 勇者パーティーのメンバーであるメリアが信仰していたのは、慈愛神だ。

 他にも、至高神とか鍛冶神とか知識神とかが信仰されている。


 実際に神に会う人間はそう多くない(伝説では時々あるらしいし、今ここに少なくとも一人いる……)。

 が、神託があるので、神と名乗る何者かが存在していることは間違いない。

 複数いるらしいのだが、真相は、同一の存在の別側面、なんてこともあるかも。


 などと、かつてのウィルは思ったことがあったのだが。


「あー、そうですねー、そこから話したほうがよかったですねー。私は、精霊神です。ちょっとマイナーなんですけど、神々の中でも古くから……じゃなくって、ええと……由緒正しい系の神様で、ちょっとしたものなんですよ? うふっ」


 どうやら、神は本当に沢山いるらしい。

 彼女が嘘を吐いてなければだが。ともあれ。


「精霊神か、了解だ」

「淡白な反応で寂しいですー」


 んなこと言われても困るんだがなっ。

 

 と……いかんいかん、ついツッコミを入れそうになってしまった……相手は自称とはいえ神だ。自粛せねば。ウィルは反省する。そして思う。


 さて、どうするか、だ。

 さきほどから溢れている魔力——神力だったか——は、確かに異常なものである。

 ただの人間に纏えるものではない。

 だが、それでも、彼女はあくまでも「自称の」神だ。


 話があるとのことだから、聞くのはいいが……。

 なんせ、勇者パーティーをやめたばかりでめっちゃ暇だし……。


 だからといって、彼女の話を信じすぎるのもよくないだろう。

 ここは聞くだけにして、後で自分で調べてみないといけないな……。


「えっとぉ、それは困ります」

「……は?」


 ウィルは目を丸くする。

 口に出して言っていたつもりはない。ということは。


「あー、すみません。心を読ませていただきました」

「精神防御魔術の防壁を越えて、心を読まれた……だと?」


「ウィルさんはすごいですねー。普通の対精神操作魔法の無効化魔術だけでなく、恐怖・魅了・混乱への耐性強化、さらには呪詛に対する攻性防壁や、魔族だけが使用する暗黒魔術による感覚阻害にまで対応した多重の保護術式……これだけの数と種類を常時展開している人なんて、現代どころか、古代魔法王国時代にもいませんよう」


「……そこまで分かるのか。確かに、貴方は神に相応しい能力を持っているようだな」


 ウィルはそう言って腕組みした。

 自身が展開している魔術を、全て見破った人間はこれまでいなかった。


 いや、人間だけではない。魔族を含めてもそうだ。

 魔王を名乗った獣魔王ですら、ウィルが使っている防御系魔術を理解している様子はなかった。

 といっても、あいつはいかにもな脳筋タイプに見えたから、例外かもしれない。


「認めてくださってありがとうございます〜。で、ですね。今日はそういう話に来たわけじゃないんですよ」

「はあ……」


 神からされそうな話に心当たりのないウィルは、そう首を傾げて。

 あ、と声を上げた。


「もしかして、神託の件で?」

「はい、そうなんです〜」


 なるほど。

 確かに、神託の件については。

 できることなら、直接、神から話を聞きたいと思うほどだった。

 まさか本当にそれができるだなんて思っちゃいなかったが。

 

「ええ、ええ、そうですよね〜。なので、私が説明に来ちゃったというわけなのです。うふん、どうですか」

「どうですかと言われても。それで、あの神託は一体どういうことなので?」

「つれないですねえ……」


 つれない態度を取らせる理由は神の側にある、とウィルは思った。

 流石に口にはしなかったが。

 っと、思考を読まれているんだったか。


「まあ、かまいませんよ〜。じゃあ、ちゃっちゃと説明しちゃいましょう。あのですね、私たちが、ウィルさんをリオちゃん達から遠ざけることにしたのは——」


 ウィルは、ごくりと喉を鳴らして、続く言葉を待つ。

 精霊神は、気を持たせることもなく、あっさりと言った。


「ウィルさんが、強すぎるから、なんですよ〜」


 ウィルは、大きく顎を落とした。


「……は?」

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