第355話 〈ロスト組〉

 佐治さんは両手に盾を装備した状態で、次々よ突進してくるウサギ型の鼻面を片端から叩き返していた。

 それだけでは致命傷にはならないのだが、ウサギ型が跳躍して来たところにカウンター気味に盾をぶつけると、ウサギ型は瞬時に気失ってその場にひっくり返る。

 そうして無力化されたエネミーを、佐治さんの背後についてきていた一年生たちが総出で袋叩きにする。

 卑怯なようだが、迷宮内のような環境では手際よくエネミーを倒す効率は重要であり、なにより、まだまだ経験が浅い一年生たちに自信をつけさせ、累積効果を与えるためことはもっと重要だった。

 直接エネミーを倒さなくとも累積効果はそれなりに配分されるのだが、直に致命傷を与えた方がより多くの累積効果を得ることができる。

 その事実は、探索者ならば誰もが経験的に知っていた。

 一学期もようやく半ばを超えたこの時期、まだ一年生たちは、探索者として未熟といえる。

 なにがなにだかわからないままに、先輩方が指導する通りに動いているような状態だろう。

 ちょうど去年の今頃の智香子自身が、そんな感じだったように。

 同じ一年生でも、世良月とか柳瀬さんとかは、かなり異色の存在といえる。

 この時期の一年生というのは、それこそ右も左もわからないのが普通なのだ。

 その点この二人は、智香子たち四人と行動を共にすることが多いので、よくも悪くも場慣れする機会が豊富にあった。

 それと、委員会の教室で日常的に行われる雑談混じりのディベートなんかも、迷宮とか探索者に関して考察するいい契機になっているのかも知れない。

 ともかく、結果としてこの二人は、他の一年生とは比較にならないほどの知識と経験を得ていた。

 それをいったら、智香子たち二年生の四人組だって、他の同学年の子たちとはかなり経路の違った経験を重ねてきているわけだが。

 智香子たち六人は、なんだかんだで、松濤女子の中でもかなり探索者になりつつある。

 というか、他の子たちには、すでにそう見なされている節があった。


「〈ロスト組〉の組長さん」

 高等部の人が、そんな風に、智香子に声をかけてくる。

「今見えている範囲内は、エネミーを殲滅するのも時間の問題だと思うけど。

 他に、近場で寄ってきそうなやつらはいない?」

「こっちの存在に気づいていそうな集団は、ないですね」

 智香子は、ゆっくりとそう発声する。

「人を出して引き寄せられる、微妙な距離の集団はいくつかありますが」

「いや、今日はかなりエネミーを倒せたし、無理をせずに引き揚げようか」

 その先輩は、智香子の言葉に頷く。

「一年生は、バテはじめているし」

「そうですね」

 智香子は、無難に頷く。

「引き揚げるということなら、現在交戦中のエネミー以外、近場にはいません」

「じゃあ、今いるエネミーを片付けたら引き揚げるっていうことで。

 全員に伝えておく」

 その先輩は軽く手を振って智香子にそういい、すぐに去って行く。

〈ロスト組〉。

 智香子たち六人は、気がついたらそう呼ばれるようになっていた。

 松濤女子の生徒で、ロストして生還した生徒が出たのは数年ぶりのことだというから、そうしたあだ名がつけられるのは、わからないでもない。

 そちらの呼び名は、まだしも。

 なんでわたしが、組長扱いなんだろうか。

 そのことについて、智香子は、かなり不本意な気持ちだった。


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