第354話 遠距離支援の実際

 今の智香子は、迷宮の構造が把握できる。

 無論、全域ということはなく、あくまでも自分を中心とした半径数キロメートルほどの通路の形状が「見える」、視覚に近いが近くではない感覚で把握できた。

 その上、エネミーの現在地については、その数倍以上の広い範囲に渡って光点として認識することもできた。

 ある程度近距離のエネミーについては、大雑把な形状や大きささえ、判別できる。

 つまり、交戦する前に、接触してくるエネミーの数と種類はおおむね察知している状態であり、智香子がこうした状態だと、智香子が所属するパーティの仕事は、「迎撃」になる。

 それも、用意を万端に整えた上での迎撃、だ。

 エネミーの種類と数、どこから来るのか、などの詳細を事前に掴んでおけば、これはもう戦いというよりは作業になる。

 実態としては、過去の経験から有効な戦法をそのまま繰り返す形になり、松濤女子のパーティは、いいや、智香子が所属するパーティは、かなり楽をして成果を詰むことが可能となった。

 情報は、力だなあ。

 智香子は、そう実感する。

 おそらく、今の智香子のスキル構成さえあれば、戦力としてはかなり弱い、一年生のみで構成されたパーティであっても、かなり深い階層まで安全に進めるはずだった。

 安全マージンを十分にとって活動する、という松濤女子の方針があるから、まだ経験の浅い一年生のみでパーティを組むことは現実にはまずあり得ない仮定なのだが。

「六時の方向から、コウモリ型が多数接近。

 その後に少し遅れて、ウサギ型も多数」

 智香子は、こうした指示をする時、ゆっくりと大きな声を出すように心がけている。

 例の〈叡智の指輪〉を複数、同時に装備した状態だと、かなり早口になるらしく、意識して聞き取り易い発声をするようにしないと、周囲の人が聞き取れないからだ。

「打たれ弱いエネミーだけど、数が多いから気をつけて。

 着実に、一体ずつ倒すように心がけて」

 エネミーは、一体あたりが弱くても、集団で襲ってくる場合、それなりに脅威となり得る。

 こうした助言をわざわざ口にするのは、今回はパーティ編成に一年生が多く含まれているからだった。

 いいながら、智香子も自分の〈杖〉を掲げて〈ライトニング・ショット〉を連発する。

〈ライトニング・ショット〉は、本来はさほど強い攻撃力を持つスキルではないのだが、今の智香子は少し前とは比較にならないほどの速度で連射が可能となっている。

 それに加えて、命中率も格段に向上していた。

 これもまた、〈透徹者の眼力〉と〈叡智の指輪〉のおかげということになる。

 こうした正確な連射が可能となった智香子の〈ライトニング・ショット〉は、今回のように多数のエネミーを相手にする時、かなり大きな成果をあげられるようになった。

 特にコウモリ型のような小型のエネミーであれば、非力な〈ライトニング・ショット〉であっても、直撃すれば十分致命傷になり得る。

 数が多すぎるエネミーを効率よく間引くのに、重宝するスキルとなっていた。

 智香子の隣で、世良月も杖を掲げて〈ウィンド・バレット〉を連射している。

 連射、といっても世良月のそのスキルは智香子ほど練度には育ってなく、射撃の感覚はやや開いていた。

 この〈ウィンド〉系の攻撃スキルは、その名の通りに、気流を打ち出して標的に命中させ、ダメージを与えるものだった。

 まだこのスキルを使いはじめた間もない世良月のスキルは、射程距離もまだ短めだった。

 ただ、世良月は着実にウサギ型を鼻面に〈ウィンド・バレット〉を命中させ、文字通り出鼻を挫くことに成功してた。

 このウサギ型が怖いのは、近距離からの体当たり攻撃であり、その勢いを事前に軽減することにはかなり大きな意味がある。

 特に、今回のように、経験が浅い一年生が多いパーティ構成の時は。

 智香子たち、遠距離攻撃を中心としたスキル構成を持つ人間が重視するべき仕事は、他のパーティ構成員の支援だった。

 智香子と世良月は、今回もそのセオリーを愚直に実践していることになる。


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