第353話 部活への復帰
自認としてはごくごく平凡な中学生であるはずの智香子であったが、ロストを経験して生還しているという経歴はやはりかなり破格といえた。
探索者がロストすること自体、確率的に見てもそうそう体験できることではない。
そこから無事に生還して来たとなると、さらに人数が絞られてくる。
比較的大勢の探索者が日常的に活動している松濤女子内においても、そうしたロスト事件は数年に一度起こるくらいの頻度でしかない。
といえば、かなり希有な体験であることは想像できるだろう。
つまり智香子たち六人は、奇跡的に生還した貴重な人材、ということになる。
智香子たち六人にとってあの事件は、不快で窮屈な思いをしただけという印象が強かった。
が、客観的に見ると、滅多にできない経験をくぐり抜けてきた猛者、という扱いになる。
実際、あのロスト時に智香子たちはヒト型を含む大量のエネミーを倒していたので、単純に累積効果のみを取り出せばすでに高等部の生徒たちに匹敵する力を手に入れているもの、と、そう推測されていた。
実際に今この時点の智香子たちが、上級生たちと互角以上の実力を持っているのかというと、これは誰にも判断ができない。
探索者の実力はその累積効果のみで計測できるような単純なものではなく、それ以外にエネミーを前にしての駆け引きなど、細かいノウハウの蓄積なども加味される。
表面的なパラメータだけで判断できるほど、探索者の実力とは単純なものではないのだった。
それでも、智香子たち六人がすでに中等部の中には匹敵するほどの実力者がいないほど育って帰って来たのは、まず間違いがない。
委員会においても智香子たち六人は、そのロスト時の経験を前提にして意見などを求められることが多くなって来たし、それ以外に、部活でパーティを組んで迷宮に入る時は、上級生側の、つまり下級生たちをフォローする側に自然と組み込まれることが多かった。
また、智香子たちの側にしても、そう遇されても特に困ることがない。
部活での探索は、ロスト時の探索と比較すると、ずいぶんと緩く感じられた。
あの直立ネコ型のエネミーのように、知恵とスキルを駆使してこちらに向かって来る、いいかえれば油断ができないエネミーにはまず遭遇することがない。
松濤女子の方針として、安全マージンを過剰なほど意識して周回コースを設定しているので、当然といえば当然といえた。
智香子たちだけではなく、最下級生の中等部一年の部員たちでもどうにか倒せるエネミーが出没する。
そんな場所しか、部活ではうろつかないのだ。
弱いエネミーばかりを相手にする探索は、楽といえば楽だった。
が、反面、いろいろと物足りなくも感じた。
特に、智香子の場合は。
「三時の方向から、六体の群れが接近」
智香子は落ち着いた、大きな声で告げる。
「その後からも続々と来ているけど、密集してはいないから。
着実に倒し続けていれば、特に問題はないと思う」
〈透徹者の眼力〉と〈叡智の指輪〉を併用することによって、智香子は以前とは比較にならないほど迷宮内の状況を把握可能になっていた。
試験でいえば、どんな問題が出題されるのか事前に掴んでいるようなもので、来るとわかっているエネミーを予定通りに迎撃するだけならば、それこそどんな素人にでもできる。
「三、二、一。
はい、出た!」
智香子のカウントに合わせて、弓道部の兼部組が〈梓弓〉のスキルを一斉に放つ。
通路を曲がろうとしたエネミーたちは、その場でスキルを受けて絶命した。
「エネミーはまだまだ来ています。
油断せず、次の攻撃の用意をして待機してください」
智香子は、静かな声で指示を出した。
ほとんど人間レーダー状態だな、と、智香子は思う。
とにかく、この迷宮でエネミー側がこちらの存在に気づく前に、人間側がエネミーの所在地や数、その他の詳細を把握することは、かなり大きなアドバンテージとして作用していた。
こんなに楽で、いいんだろうか?
張本人である智香子自身、そんな風に疑問に思ってしまうほどに。
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