第352話 職業としての、専業探索者

 世良月が、なぜそこまでして専業探索者に拘るのか。

 結局、その根本的な理由についてはわからなかった。

 智香子たちにしても、そこまで立ち入ったことを正面からほじくり返す必要性を感じなかったので、あえて確認することを避けていた部分もある。

 いずれにせよ、世良月の決意は相当に硬いもののようで、智香子たちとしてもそれ以上の説得、あるいは干渉は、諦めた方がいいようだ。

 結局、卒業後の進路については、智香子たちにしてもなにが最善なのか、よく判断できていない状況でもある。

 世良月という、知り合ってから間もない少女のためにこれ以上に口だしすることは躊躇われた。

 それに、常識論としてはこれまでに一通りのことはいってきてもいる。

 智香子たちが口にする程度の理屈は当の世良月にしても想定しているはずであり、その上で決心を変える気配がないのであれば、これ以上なにをいっても無駄な気もする。


「しかし、専業さんかあ」

 その日、帰宅する途中、電車の中で智香子はそんな風に思った。

 ロスト事件を経験してから日が浅いこの時点で、智香子には想像できない選択だ。

 特定のスキルがロックされるなど、実際には滅多にあることではない。

 そうなるのは、確率的にはごくごく小さいわけだが、何度も繰り返し迷宮に入っていけば、そういう極小な可能性を引き当てる確率も増大する。

 専業としてやっていくとは、つまりはそれだけ頻繁に迷宮に入る生活を長く続けるわけであり。

「それだけを考えても、やっぱり」

 と、智香子は思う。

「リスクが大きすぎるよなあ」

 職業として魅力がない、とはいえないが、その魅力と比較しても、危険性の方が大きすぎる。

 というのが、専業探索者という職業についての智香子の評価だった。

 スキルのロック以外にも、自分の判断ミスやエネミーとの戦闘などにも危険性が潜んでいるわけで、よほど自分の実力を過信していないとできない選択だろうな、と。

 この時点で智香子は、そんな風に思っていた。

 あるいは、そうした危険性を問題視しないだけの魅力を、探索者としての活動に見いだしているか、だ。

 なんだかんだいって、智香子が実際に迷宮に入るのは週に数えるほどであり、しかも一回あたりの滞在時間はほとんど一時間にも満たない。

 多少慣れてはいても、探索者としてみればまだまだ駆け出しもいいところで、文字通り、「子どもの遊び」程度でしかない、と見るのが妥当だろう。

 智香子は世良月のように、探索者を生来の本業にしたい、などとだいそれたことは微塵も考えていなかった。

 自分がそこまで探索者としての適性を持っていて、大成できるものとも思っていない。

 不可避なスキルのロックも怖いと思うし、それ以外に、エネミーとの戦闘について自分が才能を持っているとは思えなかった。

 謙虚、というより、その辺の判断力について、智香子はどちらかというと客観的に過ぎる傾向がある。

 自惚れや慢心とは無縁な性格であり、自分の力量を過小評価することはあってもその逆はない。

 そもそも、智香子は物心ついた自分から、体を使うことをどちらかといえば苦手としていた。

 今までのように、さほど真剣ではなく、あくまで部活程度に迷宮に入るのならばともかく、それで金銭を得て生活をしよう、自分自身の生活を支えようとは、どうしても思えなかった。

 おそらく。

 と、智香子は想像する。

 専業の人に必要になるのは、探索者としての最低限の能力はもちろんのこと、それ以外にも、セルフマネジメントの能力が育っていないとかなり厳しいことになるのではないか。

 いやこれは、探索者に限らず、あらゆる自由業やフリーランスに必須の資質になるのか。

 いずれにせよ、智香子自身がそうした職業に向いているとは、到底思えなかった。

 智香子自身は、普通に進学して普通に就職をして、普通に年齢を重ねていくのだろう。

 と、この時点でなんの疑問も持たずにそう確信している。


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