第346話 探索は一時中断

 この世界に迷宮が出現したのは智香子が生まれるずっと以前のことであり、その迷宮がない世界のことを、智香子はよく知らない。

 智香子に限らず、十代前後という年頃の人間は、おおかたは自分が経験したことがない時代への想像力を欠いている。

 ただ、そんな智香子にしても、迷宮が出現する以前、迷宮がない時代の方がずっと長いということは知っていた。

 どちらがより自然な状態であるかといえば、断然、迷宮がない世界の方が自然、というより、無理がないのだった。

 智香子自身の個人的な感覚からいっても、うん。

「迷宮って、不自然で無理な存在だよなあ」

 と、しみじみ、そう思ってしまう。

 いろいろな意味で、理不尽というか、なんというか。

 なんで、あんなものがある日突然出現したのだろうか、とも思ったが、そんな疑問はこれまで世界中の人が思い浮かべていて、しかも今に至るまでなんの解決もしていない。

 そんな、難問だった。

 智香子のような年端もいかない小娘に、まともな解答が思い浮かぶはずもない。

 なんであんなものが出現したのかはよくわからないが、現に出現して今も存在しているのだから仕方がない。

 その存在を認め、せいぜい有効に活用するしかない。

 そういう、一般的な認識にしか至らないのだった。

 探索者として活動することが、智香子自身にとってためになっているのか、というのは、かなりのところ疑問ではあったが。

 ただ、迷宮に出入りをするようになって以降、他では経験できないことをいろいろと経験し、そこで思ったり感じたりすることはそれなりにあるわけで、そういう意味では無駄になっていない。

 とは、思う。

 それが、有益とか有効活用かといったら、かなり疑問に思うところでもあったが。

 そういう観点からいっても、智香子にとって探索者としての活動は、普通の部活動となんら変わらないのであった。


 GWの連休が明け、ほんの少し経つとすぐに中間試験の時期になる。

 智香子たち六人は、委員会の仕事として新たにロスト対策用の物資を大量に買いつけて探索部員たちに配布したり、といった手配をしているうちに、そのまま中間試験に突入した。

 休み明けからこっち、智香子たち六人は、部活動として迷宮に入っていない。

 世良月などは例によって個人として学校の外で迷宮に入っていたようだが、その他の五人はあえて忙しい合間を縫って迷宮に入ろうとする意欲を持たなかった。

 ロスト時の体験は、まあそれなりに智香子たちに強い印象を残していたことになる。

 一言でいうと、智香子たちは迷宮にうんざりしていたのだ。

 

 中間一貫校である松濤女子では、智香子たち中学二年生であっても高校受験を意識する必要はなかった。

 その代わり、生徒たちは長期的な展望を学校側からしつこいぐらいに求められる傾向にある。

 意識の高い生徒たちは早い時期から志望する大学を定め、学校側と相談して長期的な学習プランを作成、実施したりしていた。

 そうした進学先は国内だけに限定されているわけではなく、そうして早くから志望の進路を決めている生徒たちの中には少なくない者たちが国外の大学への留学を希望し、学科の勉強と並行して必要な語学の学習などもしている。

 松濤女子は、難関校への進学率を誇るようなタイプの学校ではなかったが、その代わり、教員側が生徒たちの希望に耳を傾けた上で、かなり柔軟にカリキュラムを提供してくれる。

 あくまで「可能な範囲内」でのことであり、校内で教えることができない内容を生徒側が求めたら、必要な知識を教えてくれそうな機関などを紹介してくれるのに留まるわけだが、ともかく、その手のことに関しては、かなり柔軟に対応してくれるのだった。

 そんな校風の中、智香子は黙々と、目的のない学習に励んでいた。

 入学時から、智香子は学校の授業内容についてはかなり真面目に取り組んでいる。

 真面目に取り組まないと、ついていけないからだ。

 なにしろこの学校の授業は、進行が早い上に情報量が多い。

 あまり頭がよくないと自認している智香子としては、地道に時間をかけるしか、そうした授業についていく方法を知らなかった。

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