第343話 折衷案

「黎ちゃんも、将来的には学校の経営に関わるようになるの?」

 智香子は、ふと思いついた疑問を口にしてみた。

「それは、ないかな」

 黎は即答する。

「うちは、本家からかなり離れた家柄だし、それを抜きにしても、そういうのに自分が向いているとも思えないし」

「田舎でもないのに、本家とか分家とかいう言葉がさらりと出て来るのが凄いなあ」

 佐治さんは素直に感嘆している。

「今時、そういう世界もまだ残っていたんだ」

「もう二十一世紀だっていうのにね」

 黎は、苦笑いを浮かべながら、そういう。

「うちの場合は、大きすぎる利権を持っているがために、親類同士が結束する場面があったからそうなっているんだと思う。

 迷宮の所有権についても、長いこと国と裁判をやってどうにか確保したそうだし」

「ああ、それは、聞いたことがある」

 香椎さんがいった。

「各迷宮の地権者たちと、迷宮を完全に国有化したい国とが長い時間をかけて争っていた、って」

「国としては、なにかと口実を作って完全に迷宮を召しあげる方がずっとやりやすかっただろうしね」

 佐治さんがいった。

「でも、そうか。

 裁判までやってたのか」

「弁護士団を組織して、場合によっては海外からも圧力をかけてもらって、最終的には、どうにか今の体制に落ち着くわけだけど」

 黎は、淡々とした口調で説明をする。

「揉めている最中は、いろいろと大変だったみたいだね。

 そのおかげで、うちの親戚連中の結束は固くなったみたいだけど」

 そんな感じなのか。

 智香子は、心の中で素直に感心をしていた。

 この黎が、学校の経営者一族と縁続きでなければ、智香子など、到底が知るはずもない情報といえた。

 いや、古い本とかの中には、そうした事情について記したものもあるのかな?

 その辺は、詳しく調べてみないことにはなんともいえなかったが。

「面白いなあ」

 香椎さんが、妙に感情の困った声を出した。

「迷宮は私有地の中にあり、それを国が統括する公社が管理している。

 そういう体制を、わたしたちは当然と考えているけど、実際にはそうなるまでにはそれなりのいきさつがあって、そうなっているわけで」

「わたしたちが生まれるずっと前のことばかりだから、わたしたちがそれを当然と捉えても無理はないと思うけど」

 佐治さんは、その言葉の先を引き取る。

「当時の人たちが葛藤をして、関係者同士が相互に働きかけを行った結果、今の形に落ち着いたわけで」

「迷宮からはなにが出て来るのかわからないから」

 黎は、説明を補足した。

「その迷宮を、たかだか極東の一国に管理させておくのは、かなり危険だって煽ったみたいね。

 その当時の、うちの親戚たちが」

「迷宮が見つかった頃っていうのは、この国が戦争に負けたばかりの頃だからなあ」

 佐治さんが、感心したように呟いた。

「戦勝国の側が、国を通り越して迷宮を丸ごと管理しようとしても、おかしくはない状況だったはずで」

「で、誰が管理してもどこからか文句が出て来るから、それならいっそのこと、私有地のままにして、誰でも入れるって形にしてはどうかと。

 迷宮が出現した土地の持ち主たちは、団結して各方面に働きかけたようなんだよね」

 黎が説明を続けた。

「ぶっちゃけ、どこかの勢力に独占されるよりは、そういう形にしておいた方が無難だと。

 そういう風に訴えて」

「ドロップ・アイテムの中には、それまでの物理法則をまるっと無視したような代物もあるしね」

 佐治さんがいった。

「この間の、〈チャクラム〉のように。

 それを誰かに独占させておいたら、確かに、かなりヤバい」


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