第342話 母校の事情
「いやいや」
智香子のはなしに一通り耳を傾けた後、佐治さんはそういって自分の顔の前で平手を振った。
「中二で進路について、そこまで深く考えている人、そんなにいないから」
「高校受験のことについて、考えていいっていうのはあるよね。
うちの場合」
「でも大学については、早めに志望校を決めるようにとはいわれている」
黎がいった。
「早めに目標を定めていた方が、なにかとやりやすいとか」
「進学校ではないっていっているけど、そっちの方にもがちだからなあ、うち」
今度は香椎さんが口を開く。
「補習とか補講とか、なにかというと開いてくれるし」
「私立だから、先生方に余裕がある。
というのも、あるとは思うけど」
智香子はいった。
「公立に通っている友だちから聞くと、あっちの先生は忙しくて必要最低限のことしか手を出せない感じだって。
いじめとか起きても、手を出す余裕がないからかえって無視しちゃうとか」
「公立校のすべてがそうとは限らないけど、予算とか人員の上限が決まっていれば、自然とできることは限定されてくるよなあ」
佐治さんが意見を述べる。
「結局は、十分な人手が確保できるかどうかという問題で。
いや、私立でも、学校によっては同じような問題があるとは思うんだけど」
「うちの学校は、なんだかんだいって恵まれているからね」
香椎さんは、ため息混じりにそういう。
「その、経済的に、っていうことだけど。
進学率とか、卒業生の活躍ぶりとか、外に対する印象をよくする材料が多いとということもあるけど」
「本業以外の収入源を持っているのは、強いよね」
黎も、そういって深く頷いた。
「なにせ迷宮をひとつ、丸ごと抱えているから。
そちら関連の収益だけでも、かなりの金額になる」
「〈松濤迷宮〉の所有権、うちの学校法人になっているんだっけ?」
佐治さんが黎に確認する。
「そりゃ、財務的にも余裕になるわ。
下手をすると学校の運営資金、丸ごとまかなえるだけの収益が、そっちからあがってくる」
「権利収入は、おいしいからね」
香椎さんが指摘をした。
「しかも、迷宮の所有権ともなると、不動産みたいに老朽化や入居者がいないって問題もないし」
「経営する立場としては、イージーモードもいいとこでしょ」
黎は、澄ました表情でいい放った。
「絶対に赤字になることがないんだから。
それだけ余裕があれば、実験的なことだっていくらでもできるし」
「むしろ、それだけの収入がありながら、教育事業なんてあまり儲からないことに使い続けている方が凄いと思うけど」
智香子は、思ったことをそのまま素直に口にした。
「学校の経営を辞めるととか売り出すとか、そうしようとした人はいなかったの?」
「昔は、何人かそう企んだ人はいたみたいだね」
黎は、澄ました表情でそういった。
「その度に、親類一同から総スカンを受けてどかかに姿を消したそうだけど。
でもまあ、そういう騒動も何十年も前の、わたしが生まれるよりもずっと前のことだから、詳しいことはよく知らない」
「迷宮がなかったとしての、都内の一等地にこれだけの敷地を持っているわけだから」
香椎さんはそういって頷いた。
「学校経営なんかよりもずっと大きなお金になると考える人は、普通に出て来るよね」
「うちの場合、刀自の発言権がまだまだ強いからね」
黎は、そういって大きく頷いた。
「あの人に逆らえる人、親戚の中にいないし。
それに、その刀自は戦争を体験して来た人だから、婦女子の教育事業にもの凄い信念を持っている。
で、親類一同もそれに感化されている人の方が多数派だから、それを崩すのはなかなか難しいと思う」
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