第341話 手段と目的

 二年生のGWは、そんな風にロストの後始末と補習に明け暮れる感じで終わってしまった。

 連休、とはいっても、智香子は特にそれらしい予定もなかった。

 まるまる潰れてしまっても残念に思う気持ちはさほどなく、それよりもロスト事件の余波がまだ心の中に燻っていて、そちらの気持ちを整理するのに手一杯だった。

 学校の勉強とかロスト時に入手したアイテムの配分とか、そうした、散文的な行動に忙殺されていることで、かえって精神的な平衡を保てていた、といってもいい。

 なにもやることがない状態で学校も何日か休みとなると、おそらくはロスト時のことばかり頭の中で反芻していたはずで、それはそれであまり健全な状態ではないよな。

 と、智香子自身でさえ、思う。

 迷宮というのは異常な空間で、異常な、というのがいい過ぎであるなら、非日常的な空間で、その非日常的な空間をあまりにも普通に感じてしまうと、今度は日常生活で齟齬を来すようになるのではないか。

 あそこは、あまり長い時間過ごすような場所ではないな。

 と、智香子は痛感している。

 あそこは、こことは違う、別の論理に従って機能している異世界なのだ。

 その異世界の論理に染まりすぎるのが、こちらの人間として健全な状態とはいえないことは、今さら指摘するまでもない。

 松濤女子の方法論が、一回に迷宮に入る時間をかなり短く設定しているのも、今の智香子にはとても深く首肯できた。

 あの空間に長く滞在することは、人間の精神にあまりいい影響を与えない。

 松濤女子は教育機関であり、在学中の生徒を健全に育むという目的を持った組織である。

 だから、ちょいとした刺激程度に留まるのならば、迷宮という存在も活用するが、その迷宮に耽溺するような生徒を積極的に育成しようとはしていない。

 その証拠に、世界で唯一、校内の敷地内に迷宮を要している教育機関である松濤女子は、その特徴を売りにはしていなかった。

 高い進学率など、生徒を集めるための長所は他にもいくつかあって、松濤女子を受験をする生徒はそちらをあてにしているような風潮がある。

 智香子自身、入学するまで、松濤女子がそういう学校だということに気づかなかった。

 在学中に、探索者として活動するのはいいとしても。

 と、智香子は、改めてそんな風に思う。

 迷宮とか探索ばかりに気を取られるのも、いい傾向とはいえないんだろうな。

 世良月は、どうやら最終的には、自分の母親と同じく専業の探索者になるつもり、であるらしい。

 本人が改めてそう宣言しているわけではないが、積極的に自分の探索者としての総合能力を育てようとする意思と行動を見ていれば、そうとしか判断できなかった。

 どちらかというと、世良月は、探索者として生き急ぎすぎている傾向があり、あまりにも短期間のうちに成果を出そうと焦っているようにも見える。

 それはそれで、足元が危ういようにも見えるのだが。

 この世良月とはまだつき合いも浅く、今の段階では智香子から強く指導をするような間柄でもない。

 これから、折を見つつ、長いスパンでさりげなく、

「そんなに急ぐ必要はないよ」

 と、諭していくしかないだろうと、この時点では思っていた。

 もう一人、世良月ほど逼迫した様子ではないが、香椎さんも職業的な探索者を目指していて、そのことは以前から本人が公言してもいた。

 ただ、この香椎さんの場合は、世良月のように自分の成長を急ぐ風でもなく、

「卒業するまでに、週末探索者として自立できる程度の技量を得ていればそれでいい」

 という具合に割り切っている、ように見えた。

 香椎さんが探索者を目指すのは、あくまで経済的に自立をするための方便でしかなく、探索者として大成することが目的化している世良月とは、かなり雰囲気が異なっていた。

 そして智香子自身はといえば、この二人ほどには真摯に探索者をしているわけではなく、あくまで部活として迷宮に入っているだけなわけで。

 時折、

「こんなんで、いいのかなあ」

 などと思ったりする。


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