第340話 〈風流の杖〉
といったわけで、智香子たち六人のゴールデンウィークは補習とロスト時に得たアイテムの配分などで終わってしまった。
普段の授業よりも長時間に及ぶ補習の後に迷宮に入る気力が、智香子たちにはなかった、ともいえる。
この連休中も、探索部のそれなりに稼働しており、特に兼部組などは主体にしている部活が終わった後、かなり遅い時間帯に迷宮に入ることもあるそうだった。
補習が終わった後、そこに合流することも時間的には可能であったが、智香子たち六人はあえてそうするという選択をしなかった。
ロストという長時間迷宮内に滞在することを強いられる経験した直後でもあり、迷宮を敬遠する気持ちが強く働いていた、というのが実際のところだろう。
もっとも、六人全員が、というわけでもなく、世良月は知り合いの探索者といっしょに、自由になる時間を活用して頻繁に迷宮に入っているようだった。
「せっかく杖系のアイテムをゲットしたのですから、こちら系のスキルを伸ばしておきたいのです」
と、本人はいう。
迷宮内環境への耐性についていえば、この世良月は師匠と呼ぶ〈スローター〉氏に追随しようとしているのかも知れなかった。
ちなみに、この世良月に与えられたアイテムとは、〈風流の杖〉という。
長さ半メートルほどの、ゴツゴツとした節が目立つ、木製に見える杖だった。
実際の材料は、不明だったが。
そのあまり強うそうではない名の杖、その効能は、その名のままに風を操る、ということになる。
初期段階ではあまり強力な気流を発生させることはできず、装備してからすぐは自分の周囲にそよ風を発生させる程度のことしかできないようだ。
ただ、この杖を装備し続けると、〈ウィンド・ショット〉などのウィンド系の攻撃スキルを習得することができ、また、杖の効能自体も、装備時間が長くなるにつれて強力なものになっていく、という。
この手の杖系のアイテムは、装備時間が長ければ長いほど、基本的な機能が成長していく傾向があり、その極端な例が、去年の夏にビーチな階層で智香子たちが目撃した、天変地異にも等しい強大な範囲攻撃スキル、ということになる。
ただ、あそこまで強力なスキルは、よほど優秀なアイテムを長時間装備し、使い続けることでようやく使用可能になるわけで、智香子が使用しているパステルカラーの杖とかこの〈風流の杖〉程度の、比較的ありふれたアイテム程度では、いくら装備し続けてもそこまで強力なスキルが使えるようになるわけではない。
世良月は、この〈風流の杖〉によって、〈ウィンド・ショット〉系のスキルを生やすことと、それに、すでに持っている〈投擲〉スキルによる攻撃をより強力なものにすることを、もくろんでいるようだった。
〈投擲〉スキルに投げた物体を、周囲の気流を操作することよって威力を増したり、命中率をあげたり。
そういう、相乗効果を狙っている、という。
そこまで思惑通りに巧くいくのかは、実際に試してみないとわからなかったが。
ともかく、世良月は世良月で、自分のスキル構成などについて明確なビジョンを持った上で、自己育成プランを構築しているらしい。
前向きだなあ、と、智香子は感心する。
一年生だった今頃の時期、智香子自身は、そこまで深く考えて探索者として活動していたわけではなかった。
いや、今だって、世良月ほど明確なビジョンを持って、どういう探索者になりたいと思いつつ、活動しているわけではない。
将来のこと、卒業後にどうするのか、智香子はこれまで明瞭に考えたことはなかったが、少なくとも職業的な、専業の探索者になるつもりはなかった。
たぶん、普通に進学をして、普通の大人になるのだろうと、漠然とそんな風に思っている。
その、「普通の大人」というものが具体的にどういうものなのか、この時点での智香子は、きわめてぼんやりとしたイメージしか持っていなかった。
世良月の行動力と迷いのなさは、智香子からしてみると、自分とは異質なものに感じてしまう。
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