第338話 判断基準
「別の方法っていうと、他の人たちも指輪をいくつか装着して、チカ先輩との速度差が開かないようにすることくらいっすかねえ」
柳瀬さんが、そんなアイデアを出した。
「全員で指輪を着ければ、その個数差分しか、速度差も開かないはずだと思うんですけど」
「理屈としてはそうなるはずだけど、これも実際に試してみないとどうなるかは予測できないかな」
智香子は、慎重な意見を口にする。
「なにせ、ドロップ・アイテムのことだしね。
装着者の意識を加速する、っていうのも、あくまでこの段階での仮説でしかないわけだし」
「ここまで調べてみた結果、その仮説自体は間違ってはいないと思う」
今度は黎が、口を開く。
「この指輪、他にもまだ、わたしたちが気づいていない機能を隠している可能性もあるけど。
でも、意識を加速するって部分は、ここまで来たらほとんど確定でしょ?」
「多分、だね」
智香子は小さく頷く。
「おそらくは、そうなんだとは思う。
でも、客観的に測定する方法はないわけで。
これまでに出た根拠っていうのは、すべてみんなの主観、こう感じたってことだけでしょ?
これだけで断定するのは、ちょっと浅いと思う」
「慎重だなあ、チカちゃんは」
佐治さんはいった。
「別の可能性、わたしたちが思いつかないような効果である場合もあるけど、わたしたちに感じられるのは、装着者を実質的に加速しているって効果なわけでさ。
それ自体は確実で、反証のしようもないんだから、今はそう認識して方針を決めてもいいと思うよ」
「軽率に思い込まないっていう慎重さと、実際的な扱いを考える場合の方便としての認識は、とりあえず分けて考えよう」
香椎さんは、真剣な面持ちでそういった。
「そうでないと、この段階で詰む。
指輪を、使えなくなっちゃう」
「賛成」
柳瀬さんはそういって、片手をあげた。
「理論と実践は、とりあえず分けて考えましょう」
「それじゃあ、話題を少し戻すけど」
黎が、そう発言する。
「他の、チカちゃん以外のメンバーも指輪を着けて、相対的な速度差を少なくする、って方法はアリだと思う」
「でも、そうなると配分が問題になるかな」
佐治さんが、指摘をした。
「今わたしらが持っている〈叡智の指輪〉、いくつだったっけ?」
「全部で十八個」
香椎さんが即答した。
「探索部全体に声をかけて、この指輪の提供を呼びかければ、もう少し増えるかも知れないけど。
それでも、チカちゃんが十個使うとして、他の全員で分けるとすると、指輪の装備数は五つ以上、離れることになっちゃうね」
「五つ以上、かあ」
佐治さんが、表情を引き締めて呟いた。
「さっきの実験時よりも、大きな格差が開いちゃう計算だなあ」
「いや、ちょっと待って」
智香子は、片手をあげてそのやり取りを中断させる。
「なんで、わたしが指輪を十個つけることが前提になっているの?」
「この六人、全員のパフォーマンスをあげようと考えると、そうするのが一番だと思うからだけど」
黎が、あっさりと答えた。
「他の誰かを早くするよりは、チカちゃんの速度をあげておくのが一番、確実で安全だよ」
「チカちゃんは、うちらの司令塔だからね」
香椎さんも、その黎の言葉に頷いた。
「これまでの実績から考えても、チカちゃんのブーストを最優先にするのは、選択としては間違っていないと思う。
今回の問題は、そのチカちゃん一人だけを加速しすぎても、他の面子がついて来れないだろ、ってことになるわけけど」
「ロストの時にも思ったけど、チカちゃん先輩が一番視野が広いんすよね」
柳瀬さんが、そう指摘をする。
「エネミーとの交戦時なんかでも、一番遠くまで観察して、注意を促したり的確な指示を出している。
特に乱戦になった時なんか、この指示があるのとないとでは、全然違っちゃうわけで」
「安全のためにも効率のためにも、チカ先輩の加速を最優先するのが正解だと思います」
世良月も、静かな声でそう口にした。
「そうした上で、他の人たちとの連携にも支障を来さない。
そんな方法を、考えるべきだと」
「〈透徹者の眼力〉の例もあるしさ」
黎は、そういった。
「この指輪と他のアイテムとの相乗効果が、また起きないとも限らない。
ここは、チカちゃんを最優先に指輪でブーストして貰うのが一番なんじゃないかな」
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