第337話 使用方法の検討
「いってること、ちゃんと伝わっている?」
智香子はゆっくりと発音した。
「体感時間が違いすぎると、コミュニケーションに困ることも出て来るかな」
体感時間、というか、智香子とそれ以外の、指輪を着けていない人とでは、意識の流れる速度が違い過ぎる。
特に指輪を五つ、同時に填めてから、智香子は周囲の光景がすべて、もったりと遅くなっていることを実感していた。
他の人が話している言葉も、かろうじて聞き分けることは出来たが、音質的にはかなり歪んでいる。
もう少し、相互の速度に開きが大きくなると、まともな会話もできなくなるのではないか。
そして、いっしょのパーティを組んでいる最中に、仲間とまともに会話ができなくなるようでは、困るのだ。
とっても、困る。
迷宮内ではとっさの反応を要求される機会が多く、そうした場合は、最悪、生死に関わるような局面であってもおかしくはない。
そんな、極端に微妙な判断が要求される時に、
「仲間がいったことが聞き取れなかったから、連携もできなかった」
では、これはもうとっても、困る。
それこそ、取り返しがつかない。
「一応、伝わってる」
黎が、神妙な表情で答える。
「ただ、凄い早口。
もっと早くなると、聞き取れないと思う」
黎のこの発言も、智香子の耳には、「かろうじて」意味を取ることができた。
相対的な、速度差の問題かあ。
と、智香子は思う。
パーティの他のメンバーと会話が成立しなくなると、現実問題として、かなり困ったことになるわけだが。
どうするかなあ。
とか思いつつ、智香子は一度填めた指輪をすべて自分の指から外した。
普通に会話をするのにも苦労するくらいなら、指輪を外して相談してみるべきだと、判断したからだ。
「個人の速度が食い違いすぎると、会話ができない」
指輪を外した智香子は、開口一番にそう説明する。
「パーティ内で連携が取れなくなるのは、かなり危険だから。
もう少し検証して、有効な指輪の数を調整してみるしかないかな」
「速度差が開きすぎると危ない、っていうのは理解できるけど」
佐治さんがいった。
「それも、やりようはあるんじゃないかな?
常に指輪をつける続けなければいけない、って決まりがあるわけでもないし」
「常に、か」
智香子は、なにやら考え込む表情になった。
「それってつまり、状況によって装備する指輪の数を増減する、ってこと?」
「そう」
佐治さんは頷く。
「〈フクロ〉のスキルを使えば、できないこともないはずだけど。
周囲を警戒する時とかは、指輪の数を多めに。
戦闘時とか、他の仲間と連携を取る必要がある時は、指輪を減らすとか」
「一種の、ギアチェンジだね」
香椎さんが、そんなたとえ方をする。
「スキルを巧く使えば、できないこともないとは思う。
でも、それって、実際に指輪を使う人の負担が大き過ぎない?」
「どうだろ?」
智香子は軽く首を傾げる。
「実際に試してみないことには、なんともいえないかなあ」
「ちなみに、その指輪を〈フクロ〉にしまったり直接装着したりすることは、できるんですよね?」
世良月が、智香子に訊ねる。
「多分ね」
智香子は、そう答えておく。
「この指輪自体に、〈フクロ〉の機能を制限する性質とかがついてない限りは。
ちょっと今、試してみる?」
そういい、智香子は自分の指から外したばかりの指輪を掌の上に乗せ、〈フクロ〉の中に収納する。
他の全員も、黙ってその様子を見守っていた。
「ここまでは、問題ないね」
黎が、そう口にする。
「他のアイテムや装備品なんかと、変わらない」
「そうだね」
智香子は一度頷いてから、
「じゃあ、〈フクロ〉の中の指輪を、直接指に填めてみる」
と宣言した。
次の瞬間、智香子の右手の人差し指に、例の指輪が填まっていた。
「〈フクロ〉の中から、直接着け外しすること自体は問題ないみたいだね」
香椎さんはそういった後、智香子に確認した。
「なにか、おかしなこととか感じた?」
「特に、なんにも」
智香子は、短く答える。
「他のアイテムや装備品の時と、まったく同じ感じ。
だと思う」
この指輪は、そんなに例外的なアイテムではなさそうだった。
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