第336話 指輪の効能
「ええと」
智香子はぐるりと顔を巡らせてそう確認する。
「本当にやるの?」
周囲の期待に半ば気圧され、しぶしぶやることになったのだ。
「両手の指全部に、この指輪をねえ」
智香子は、誰にともなくそう呟く。
実害があるとは思ってないが、反面、それはやり過ぎなのではないか、とも思う。
〈叡智の指輪〉の効果は、今のところ、「思考の高速化」なのではないか、ということになっている。
累積効果によって身体能力そのもののが大きく下駄を履かされている現実がある以上、そういう効果を持つアイテムが存在しても別に不思議ではない、というのが、智香子たち、いいや、探索者全般の認識だった。
人間の能力を伸張する機能を持つアイテムは他にもいろいろ見つかっており、周知されてもいて、その中にももっとトンデモな機能を持つものすらある。
この〈叡智の指輪〉は、ある意味では単純、単機能ともいえるわけで、その他の、もっと突拍子もない機能を持つアイテム類と比較すると、ずっとわかりやすいし、使いやすくもあった。
ただ、それを、両手の指全部に、というのはなあ。
と、智香子は、心の中で戸惑っていた。
おそらく、この指輪の効果は、累乗だ。
足し算ではなく、かけ算。
つまり、装着する指輪の数が多ければ多いほど、その効果も絶大になる。
指輪自体に害がないとしても、そこまで高速に思考するのが普通になると、指輪を装着していない人とのコミュニケーションが困難になるのではないか。
その危惧を確認するためにも、実験は必要かなあ。
智香子は、そう思うことにした。
ぶっつけ本番で指輪をフル装備した状態で迷宮に入るよりは、事前に、こうした余裕のある状態の時に様子見をしておいたが、安心はできる。
試すだけ、試してみますか。
智香子はそう思い切り、〈叡智の指輪〉をひとつひとつ、自分の指に填めていく。
迷宮内でドロップする武器のほとんどは、サイズが変わることはない。
そのため、それなりの性能や特殊効果が付随しているにも関わらず、大きすぎたり小さすぎたりする武器をどうにか工夫して使用している探索者は多かった。
しかし、迷宮内でドロップする装身具のほとんどは、装着者の体格に合わせてサイズを変える機能があることが多かった。
この〈叡智の指輪〉も、未装着の状態では半径がかなり大きめの金属の輪にしか見えないのだが、その輪の中に指を入れると、輪の半径が縮まり、指の太さジャストの径で固定される。
一度装着すれば、よほどのことがなければ外れることはないし、装着者が指輪を外そうとすれば、またもとの、大きめの半径に戻って容易に指から外すことができた。
探索者用の装備として、智香子たちは迷宮に入る時は、指先まですっぽり覆う特殊繊維でできたグローブを填めていることが多いのだが、指輪のそうした性質があるため、そのグローブの上から指輪を装備することも可能だった。
そうした、便利すぎる伸縮機能が存在するのは、不思議といえば不思議だったが、
「ドロップ・アイテムだから、そういうものだ」
と、そう認識するしかない。
「どう、調子は?」
左手の指、すべてに〈叡智の指輪〉を装着した段階で、黎が智香子に訊ねた。
でもその声は、智香子には、なんだかとても間延びして聞こえた。
具体的に表記すると、
「どどどおおお、ちちちぃぃぃぉぉぉししししはははぁぁぁ」
みたいな感じに。
音声を二倍以上、遅く再生したらそんな感じになるかなあ。
と、智香子は思う。
黎が遅くなったのではなく、その言葉を受け止める智香子の思考が加速しているのだ。
「うん、問題ない」
智香子は、あまり早口にならないよう、できるだけゆっくりとしゃべった。
「でも、自分以外のなにもかも、すべてが、なんだかとてもゆっくりしている。
そんな風に、感じる」
戦闘の時とか、この状態になると便利だろうな。
と、智香子は想像する。
人間の動きがゆっくりに感じる、ということは、エネミーだってスローモーに感じる、ということだ。
ちょいとした累積効果など足元に及ばないほど、エネミーに対して優位に立てることになる。
便利すぎて、かえって怖いな。
などと、智香子は警戒する。
なにか他の、まだ智香子たちが気づいていない、大きなデメリットが存在するのではないか。
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