第330話 統合感覚
「うわっ」
アイテム〈透徹者の眼力〉を直接顔に装着した途端、智香子は小さな声をあげてしまう。
「大丈夫?」
黎が、心配そうに声をかけて来る。
「うん、ちょっと驚いただけ」
智香子は反射的にそういっていた。
「予想していたのとは、全然違っていたんで」
「違ったって、どういう風に?」
佐治さんが、すかさず訊き返した。
「ええっと」
智香子は、頭の中で整理しながら説明する。
「それまでベール越しに見ていた光景が、一気に透明になった、というか。
いや、その反対に、ベールそのものが光景と一体化して見えるようになった、というか」
このアイテムの効果を他人に、それも、〈察知〉も〈鑑定〉も持っていない人に説明するのは難しい。
〈察知〉とか〈鑑定〉スキルによって得られる情報というのは、人間が本来持っていない感覚を無理に人間にも感知可能な形に変換して、伝えられている。
〈察知〉ならば、エネミーの位置を光点として認識でき、おおよその位置と方角、それに距離などが把握できるようになるし、〈鑑定〉はだいたい文字情報として伝わってくる形だ。
どちらも、人間にも理解できる形で情報を変換しているため、正確さは多少犠牲にしている。
と、智香子は思う。
特に〈鑑定〉スキルによって得られる情報は、誤差が多いように思う。
これは、〈鑑定〉の対象となるドロップ・アイテムが必ずしも人間に理解可能な機能を持っているとは限らず、しかしそれでもスキルの機能はどうにかして使用者にも理解可能な範囲内の情報を伝えようとする。
だから、必ずといっていいほど、情報に「抜け」が生じる。
それは、例の〈チャクラム〉の件でも明らかだった。
〈鑑定〉スキルによって伝えられる情報は、スキルの使用者の理解可能な範囲内でしかないわけで、そこから逸脱する情報は伝えられないし、仮に伝えられたとしても、意味不明の情報として無視されるだけだろう。
〈察知〉スキルも同様の問題を抱えている。
人間の感覚は案外いい加減なもので、距離や大きさなどを正確に認識することはあまり得意とはしない。
スキルの機能自体は正常であっても、エネミーの位置について認識する人間の側は、かなりアバウトにしか情報を認識できない、しきれないのだった。
どちらの場合も、スキルの使用者である人間自身の機能や認識体系が、一種のボトルネックとなっている形といえた。
「このアイテムは、凄いね」
少し考えた末、智香子はそう感想を述べた。
「ええっと、説明するのが難しいんだけど、〈察知〉と〈鑑定〉、その両方のスキルで読み取れる情報が、一度に感知できるようになっている。
でも、それでいて、頭がごちゃごちゃになっていない。
むしろ、こうして感じ取れる情景の方が、自然なんじゃないかと思ってしまう」
「なにが、凄いの?」
黎が、ゆっくりとした口調で説明を求めた。
「もっとわかるように説明できる?」
「ええと、ね」
智香子は、ゆっくりと答えた。
「頭が、パンクしていない。
両方のスキルを一度に使えば、こっちが受け取る情報量はかなり増えるはずなんだけど。
それでもそのすべてが、無理なくすとんと、はっきりと読み取り把握することができる」
近視になった人が、はじめて眼鏡をかけた時に、ちょうどこんな感覚になるのではないか。
智香子は、そんな風に思った。
「なにもかもが鮮明にわかりすぎて、ちょっと怖いくらいだよ。
それでいて、頭に負担がかかっているっていう感覚はない。
その逆に、清々しいくらい」
どこまで伝わるかな、と疑問に思いつつ、智香子は説明を続けた。
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