第329話 お試し
「あと、チカちゃんは〈叡智の指輪〉を使ったらどうかな」
佐治さんが、そう続けた。
「ロストの時に、何個かドロップしていたし」
「〈叡智の指輪〉かあ」
智香子は、ため息混じりそういった。
「悪いアイテムだとは思わないけど、同じアクセいくつも身につけるのは趣味じゃないかなあ」
〈叡智の指輪〉。
その名の通り、装備者の知力を底あげする効果がある、とされているアイテムだった。
その効能を詳らかにするためには、そもそも、
「知力とはなんぞや?」
という定議論から入る必要がある。
しかし、なにかと即物的な人物が多い探索者たちは、そうした迂遠な議論に立ち入ることはなかった。
その〈叡智の指輪〉を装備していると、装備していない状態よりもずっと早く同じ結論に達する。
単純に、経験的に、そうした現象が知られているだけだ。
そのことから一般的に、〈叡智の指輪〉とは、頭の回転が早くなるアイテムであると、そう解釈されていた。
瞬間的な判断力が要求されることが多い探索者にとって、この「頭の回転が早くなる」という効果はあなどれなかった。
前衛の戦闘専門要員でさえ、とっさの判断力を求められる局面は、案外多い。
だからこの〈叡智の指輪〉も、前衛の人間が好んで装備する例は多かった。
智香子の場合、現状のスキル構成と装備品との組み合わせからして、完全に後方支援要員として育ちつつある。
それも、多種多様な状況の変化を瞬時に判断する能力が、今後ますます要求されそうな様子であり、佐治さんがそんな智香子に〈叡智の指輪〉の使用を勧めるのも決して故なきこととはいえなかった。
「指輪なら、多少多めに身につけてもそんなに目立たないって」
黎が、そんなことをいい出す。
「それに、チカは情報管制役として、これからますます重要な仕事をするわけでさ。
そんな人の処理能力を増やそうとするのは、他の仲間にとっても死活問題だよ」
割と、本質的なところを突いてくるな。
とか、智香子は思う。
格好や外見よりも、実用性重視。
黎の主張とは、つまりはそういうことだった。
「〈叡智の指輪〉、今、いくつ持ってたっけ?」
「十いくつか。
二十個近くあったはずですね」
香椎さんが訊ね、柳瀬さんが即答する。
「両手の指、すべてに同じ指輪を身につけることもできますよ」
柳瀬さんは、さらにそう続けた。
「悪趣味だなあ」
両手の指という指に〈叡智の指輪〉をつけた自分の姿を想像して、智香子は軽く鼻に皺を寄せた。
「でも、どれくらい違うのか、試してみる価値はあるんじゃない?」
香椎さんが、そう指摘をする。
「〈透徹者の眼力〉と、両手に指全部に〈叡智の指輪〉をつけた状態で、チカちゃんがどう感じるのか」
一度試してみれば、その装備が必要かどうか、判断ができる。
と、いいたいらしい。
「お試し、かあ」
智香子は、小さく呟く。
「いわれてみれば、〈透徹者の眼力〉も実際に装備してないしね」
〈鑑定〉スキルで読み取れる情報には、限界がある。
スキルで読み取れる説明は多分に簡略化され、あまり本質に迫る情報が読み取れないことが多かった。
こと、アイテムに関していえば、そうしたスキルで読み取った情報と、実際に使用した感覚とに大きなギャップがあることも、決して少なくはない。
よくわからなければ、あるいは、判断に迷うようなら、実際に装備して試してみる。
というのは、ある意味では、正統的なアプローチなのである。
幸いなことに、校内のこの周辺、委員会が使用している教室近辺は、迷宮の影響圏内に入っていた。
つまり、ドロップ・アイテムの効果はそのまま、迷宮内部と同様に発揮される。
「試してみるかな」
智香子は、小さく呟く。
そうするだけの価値は、ありそうに思った。
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