第326話 アプローチの違い

「例の〈チャクラム〉の件でもわかる通り」

 黎が、そう切り出した。

「松濤女子のやり方と〈スローター〉氏のやり方は、ほぼ真逆といってもいいんだよね。

 数を力とするか、単独行動の利点をとことん活かすか。

 方法論としては、本当に真逆」

「ああ」

 佐治さんは、黎の言葉に頷く。

「そりゃ、そうだよなあ。

 ほとんどソロで活動する〈スローター〉さんが〈チャクラム〉使ってもたいした威力にはならないけど、普通に数十人単位で活動する松濤女子のパーティが使うとかなりのダメージになる」

「迷宮攻略の方法論がまるっきり違うんだから、参考にできる部分が少ないってわけか」

 香椎さんも、そういって頷く。

「せいぜい、慎重さとか、用心深くして、リスクを最小限にしようとする心構えとか」

「リスクを少なくするため、ということなら、数を力にする松濤女子のやり方も十分に現実的な方法だと思うけど」

 智香子は意見を述べた。

「というか、普通に考えると、真似しやすいのは松濤女子の方だと思う。

 人数さえ集められれば、誰にでもできるわけだし」

「師匠の方法、ソロは、汎用性や普遍性はありませんか?」

 世良月が、いきなり難しい言葉を使って疑問を呈した。

「うーん」

 智香子は、少し考えてから答える。

「誰にでも真似ができる、って方法でないことは、確かだと思うよ。

 それこそ、人によるというか。

 できる人はできるんだろうけど、向かない人にはとことん向かない」

「つまり、個々人の適性による、ってことだね」

 黎が、そういった頷く。

「実際のところ、現実にはそうなんだろうなあ」

「学年も経験も違う、大人数でパーティを組むってうちの方法は、初心者にはやさしいと思うんだよね」

 智香子は、そう続ける。

「多少戸惑うところがあっても、誰かしらがフォーローしてくれる。

 時間をかけて初心者が育つ、そんなことを許容する環境が、最初から成立している」

「雑多な初心者をまとめて育てるには、松濤女子の方法のが有効、と」

 それまで黙って一連のやりとりを聞いていた柳瀬さんが、はじめて口を開いた。

「その点、最初からソロでいけ、って〈スローター〉氏の方法は、向かない人にはとことん向かない、と。

 まあ、考えるまでもなく、挫折をしにくいのはうちの、松濤女子の方だろうなあ。

 最初から仲間が大勢いれば、わからないことはなんでも聞けるし」

「心理面の安定度ってのが、段違いだと思うんだよね」

 佐治さんも、意見を述べた。

「うちみたいに、周りに普通に探索者が大勢いる環境だと。

 相談する相手が疑問をぶつけることができる人が、周りに大勢いるってことは、かなり大きい」

「それはあるなあ」

 柳瀬さんがそういって、大きく頷く。

「わたしも、この学校に入学してなかったら、探索者にはなっていなかった」

「わたしは逆に、探索者になりたかったからこの学校を受けたんですけど」

 世良月が身を乗り出した。

「中学生が単独で迷宮に入ることは、制度上、できませんから」

「それはそれでいいと思うよ」

 黎が、頷く。

「ただ、うちの入試、それなりに厳しいのによくは入れたなあ、とは思うけど」

「頑張って勉強しましたから」

 世良月は胸を張ってそういった。

「面接の時にも、志望動機をちゃんと伝えましたし」

「そりゃあ、立派だ」

 佐治さんはそういった後、首を傾げた。

「って、あれ?

 うちの面接、確か保護者同伴だったはずだけど。

 月ちゃんの場合、誰が来たの?」

「あ」

 智香子は、小さく声を出した。

 世良月の保護者、探索者だったという母親は、かなり以前にロストしていた、という。

 そもそも、今の世良月の保護者、親権者は、誰になるのだろう?

 そういえば、ロストした時も、六人の中で世良月だけが、保護者が誰も迎えに来ていなかったような。

「うちの事情はちょっと複雑なので、簡単に説明することは難しいのです」

 世良月は、真面目な表情でそう続けた。

「一応、法律上の親権者が一人います。

 それ以外に、母親の探索者仲間が何人か、親身に世話してくれています」

 少なくとも、世良月は天涯孤独というわけではないようだった。

 ただ、自分の親権者について「法律上の」という単語をわざわざつけているところをみると、本人がいう通り、なにかしら複雑な事情があるということも察することができた。


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