第325話  〈玉虫色の盾〉

 佐治さんは以前から〈玉虫色の盾〉というドロップ・アイテムを使用している。

 委員会の倉庫に眠っていたアイテムを譲り受けたもので、その名の通り、光が当たる角度によって色が変わって見える、という、盾としての性能にあまり貢献しない性質を持つラウンドシールドだ。

 とはいえ、ドロップ・アイテムであるからか、基本的な防御性能はそれなりに高い。

 智香子たちが普段出入りをしている階層に出没するエネミーの攻撃ならば、まず弾くことができた。

 弾く、ということからもわかるように、この〈玉虫色の盾〉はエネミーの攻撃を正面から受け止めるよりも、その方向を逸らすことに特化している。

 盾役としての佐治さんは、普通にイメージされる、どんな攻撃でも受けて立つ的な盾役ではない。

 どちらかというと、エネミーの攻撃の方向を逸らしたり弾いたり、あるいは利用したりすることが多かった。

 佐治さんも、女子である以上、体格的に不利なる。

 大型のエネミーと正面から力比べをしても、現実的な問題として、まともな勝負にならないのだった。

 そうした不利な要素を、佐治さんは幼少時から嗜んできた柔道の経験を応用することで、どうにか盾役としての役割を果たしていた。

 相手の力を利用する。

 あるいは、重心を崩して相手の動きを封じる。

 などという方法は、佐治さんの、柔道の経験がなければ不可能だったろう。

〈玉虫色の盾〉は、そんな佐治さんの方法にマッチしている防具であるといえた。

 ただ、短所がまったくないわけでもない。

〈玉虫色の盾〉は、直径八十センチほど円形をしている。

 決して小さい盾ではないのだが、しかし、すべての場合に使用可能なほどの汎用性はない。

 状況によっては、もっと大型の盾で広い範囲を守る必要が出て来る場合もあり、そのような時は素直に他の、もっと大型の盾を使用している。

 この〈玉虫色の盾〉に限らず、どんな武器やアイテムも、結局は時と場合によって適宜使い分ける方が、現実的だった。

 どんな状況にも対応可能な、万能型の武器やアイテム。

 という代物は、現実にはほとんど存在しないといっていい。

 迷宮内で探索者が遭遇するエネミーや状況は多種多様であり、単一の方向性のみではそのすべてに対処することは、ほとんど不可能といえた。

 仮にそんなアイテムが存在するとしたら、超絶的に高性能であるはずで、そうしたアイテムはレア中のレアとして扱われ、ほとんど市場には出回らない。

 なにかの間違いで取引されることがあったとしても、それこそ天文学的な値段が設定されるはずだった。

 智香子たち一般的な探索者としては、市販されている道具や武器とたまたま入手できたアイテムなどをどうにか使いこなし、使い分けながら、地道に迷宮を攻略するしかなかった。

 幸いなことに、ほとんどの探索者は〈フクロ〉という物品を大量に収容するスキルが生えていて、瞬時に手持ちの武器を持ち替えることが可能だ。


「いくら攻撃力が高い武器を手に入れても、使いこなせなければ意味がないってわけね」

 柳瀬さんは、そういって頷いた。

「いわれてみりゃ、当たり前のことだけど」

「当たり前のことを地道にやり続けるのは案外難しいのですよ」

 世良月は、そうコメントする。

「一日十時間以上も迷宮に入り続ければ、誰でも師匠くらいには強くなれるって、師匠はいってました。

 でも、それを実際にやれる人がどれだけいるかというと……」

「いや、やりたくないね、それ」

 心の底からげんなりとした口調で、香椎さんがいった。

「ロストの件で、心底うんざりしたわ」

「長時間潜り続けるのは、現実的に考えるといろいろキツいよね」

 黎も、その意見に賛同する。

「長くても、一日一時間程度でいいよ。

 それ以上に長くなると、集中力が途切れて格段に危険性が増すし」

 全員が、その言葉に大きくかぶりを振る。

〈スローター〉氏は、こういってはなんだが、ある種のリミッターが外れているような人に思えた。

 極端に辛抱強いのか、ある種のストレス耐性がありすぎるのか。

 いずれにせよ、常人とはいいがたく、少なくとも智香子たちは自発的にその真似をしたいとは思えない。

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