第320話 小休止

 とにかく、世良月からの報告によれば、〈スローター〉氏は智香子たちよりも満身創痍の状態である、という。

 重体とか深刻な状態とかではないようだったが、今回の件だけに限らず、以前から無茶をすることが多い人だそうで、それが原因になって今回は普段よりも精密な検査をしているらしい。

 そもそも、ソロで長時間明乳に潜ることを日常的にしている、というのが、かなりの無茶でもある。

 エネミーとの対戦について、実力的に問題がないとしても、四六時中神経を張りつめて四方を警戒し続ける、という生活がどれほどのストレスに晒されるのか、智香子たちは今回のロストで経験してきたばかりであった。

 そうした状況が健康によくないということは、これはもう普通に断言できる。

「あんまり無理をしないでくれるといいねえ」

 黎が、ぽつりと感想を述べた。

「わたしたちがとやかくいうことでもないんだけど」


 黙々と自習を続ける間にも、校庭の方から部活をしている生徒たちのかけ声などが響いていた。

 松濤女子は、この手の私立校にしては部活動が盛んな学校で、連休中も登校して練習に励んでいる生徒が多い。

 暑い日が続いているのに、みんな、元気だなあ。

 などと、智香子は思う。

 迷宮内の気温は、なぜだか例によって原因や機序は不明なのだが、十八度前後に固定されている。

 さらにえば、日本の夏でお馴染みの過剰な湿気もない。

 エアコンディションの部分だけを取り出せば、娑婆よりもずっと快適で過ごしやすいのだった。

 ロストを経験した直後でもあり、智香子としては今すぐに迷宮に入りたくなる、という心境ではなかったが。

 まあ、あと何日か、連休が終わるまでは、探索はしないでもいいかな。

 などとも、思う。

 迷宮にうんざりしていた、というのが、本当のこころだった。

 それに、この自習もかなり詰め込まれていて、夕方のかなり遅い時間まで拘束される予定になっている。

 漫然と授業を受けるより自習をする方がよほど疲れる。

 ましてや、今回のは智香子たちがロストしていた期間、授業で進んだ部分を学習する、という目的がはっきりしていて、連休明けまでに最低限、身につけておかなければならない知識というは量的にも多かった。

 迷宮なんかに入らなくとも、相応に逼迫した、プレッシャーを感じる状況ではある。

 この自習が終わるまでは、迷宮に入るような気力は残っていないだろうな。

 などと、智香子は思った。


「迷宮は、うん」

 佐治さんがいった。

「少なくとも後何日かは、いいかな」

 昼休みの休憩時間のことだった。

 智香子たちはそれぞれ、自宅から持参した弁当や買ってきたサンドイッチ、おにぎりなどを机の上に広げて食べている最中だった。

「正直にいえば、ちょっと食傷気味ではあるかな」

 香椎さんも、その意見に賛同する。

「連休が終わるまでは、探索の方もお休みでいいよ」

「ブランクが空けば不利になる、ってものでもないしね」

 黎も、同じ意見のようだ。

「むしろ、ロストしている間に稼いだ累積効果で、わたしたちはかなり強くなっているはずだし」

「あの人といっしょだと、多少強くなっても実感がなかったですしね」

 柳瀬さんが指摘をした。

「実力差がありすぎて」

 実力差がありすぎる〈スローター〉氏の行動を間近に見続けていたせいで、智香子たち側が多少成長しても、その事実がまったく実感できない。

 と、いうことらしい。

「連休開けまで探索の方はお休みして、その間に他のことに力を入れた方が無難だよね」

 ひと通りの意見を聞いてから、智香子はそう結論する。

「焦らなけりゃならない理由も、特にないわけだし」


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