第319話  〈ヒール〉について

 そうした自習時間は飲食が自由であり、私語も特に禁止されているわけではなかった。

 そのおかげで、智香子たちは活発に情報交換をしながら自習用のプリントを片付けていく。

 当然のことながら、各人により得意な科目と不得意な科目があり、うまい具合に教え合うということが可能だった。

 一年生の二人が一方的に教えられる立場になるのは、避けられなかったが。

 智香子たちは全員で相談しながら、ほぼ一週間分の授業内容をどうにか自分たちの手で進めていく。

 勝呂先生は、少し離れた場所に陣取って、小テストの採点かなにかをしていた。

 一応、智香子たちの動向を見守る役目はあるようだったが、自分自身の仕事は平行して進めているらしい。

 一時間に一度くらいの割合で他の先生方も交代で顔を出し、自分が教えている教科の質問も受け付けてくれる。

 教科によってはプリントの内容を読んだだけでは理解しにくいこともあったので、

「質問を受けてくれる先生がいてくれてよかった」

 と、智香子はそう思った。

 自習時間はそんな感じで淡々と進んだ。

 が、普段の授業よりも長く、かなり遅くまで続いたので、その点ではかなりげんなりさせられたが。

 普段の授業は午後三時前後には解放されるのだが、この自習は五時過ぎまで拘束される。

 無論、途中で休憩時間は入るのだが、それだけ長時間連続で机に向かうのはそれなりに苦痛だった。

 なにより、集中力がなかなか続かない。

「下手すると、ロストしていた間の方が、ストレスは感じていないかもな」

 などと、智香子は思ったりする。


「師匠、わたしらよりもよほど重傷だったようですよ」

 休憩時間に、世良月が〈スローター〉氏の消息を伝えてくれる。

「ほとんど、内出血とか骨に罅が入っているとか、細かい、それこそ〈ヒール〉だけで直しきれる程度の負傷のようですが。

 ただ、師匠、普段からその手の負傷ばかりしているので、お医者さんからは自分で勝手に治さないと厳命されているようでして」

〈ヒース〉スキルの効能は、一般的には新陳代謝を活性化させることだといわれている。

 患部に〈ヒール〉がかかった場合、負傷した部分の治りが早くなるわけで、実際にはもっと雑多な種類の、傷を治療する効能を持つスキルを引っくるめて〈ヒール〉と総称する、ということらしい。

 つまり、〈ヒール〉と呼ばれている比較的ポピュラーなスキルは、実際には様々な種類のスキルを内包していて、共通して「傷を治す」という機能を有しているがゆえに、だいたいは〈ヒール〉と呼称されている、という。

 ほとんどの〈ヒール〉は新陳代謝促進型なわけだが、中には生体時間遡行型とかいう、患部を傷を負う前の段階まで戻してしまう、という強引な〈ヒール〉スキルを持つ人も、ごく希にいるようだった。

 ただ、そういう特殊な〈ヒール〉持ちはかなりレアなので、実際に出会うことはほとんどないとのことだったが。

 話題を元に戻す。

 なぜ〈スローター〉氏が〈ヒール〉の使いすぎで医師から怒られるのかというと、〈ヒール〉の効能に方向性が存在しないからだった。

 患部の出血を止めたり、あるいは打ち身や内出血の治療に限っていえば、〈ヒール〉の効能は特に問題とはならない。

 ただ、関節部や骨折部分などに素人が〈ヒール〉を使用することは、あまり推奨されていなかった。

 極端な例を挙げると、骨が間違った方向に折れ曲がったまま〈ヒール〉を使用すれば、その状態で固定されてしまいかねないのだ。

 同じ〈ヒール〉を使うにしても、場合によっては医療知識を持つ人間が様子を見ながら使うのと、素人判断で無思慮に使うのとでは、結果として大きな差が出てしまう。

「〈スローター〉さん、そんなに悪いの?」

 佐治さんがいった。

「まだ病院から出ていないなら、一度くらいはお見舞いにいっておこうか?」

「そうはいっても、本当に具合が悪いからというより、検査入院みたいなものですからね」

 世良月は、少し考えてからそういう。

「師匠の場合、普段から〈ヒール〉を濫用しているから、それを戒められているわけでして。

 お医者さんでなくても、もう少し迷宮に入るのをセーブしろとは、いいたくなると思いますよ」

「いわば、長時間探索の常習者だしなあ」

 黎がいった。

「そりゃ、普通の探索者よりもよほど〈ヒール〉の使用頻度は多くなるだろうし。

 それに、お医者さんでなくても小言のひとつもいいたくなるかも知れない」

「この間のあれも、あの人にしてみれば普段通りの探索でしかないわけでしょ?」

 香椎さんがいった。

「何ヶ月かにいっぺんくらいの割で、なんらかの特殊階層に引っかかっているっていってたし」

「いろいろと無茶な人であることは確かだよね」

 柳瀬さんも、そういう。

「いっしょのパーティにいると、すっごく頼りにはなるんだけど」

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