第321話 〈スローター〉氏への印象

 実際、探索者としての活動を停止していたとしても、智香子たちの生活はそれなりに多忙だった。

 智香子たち二年生はともかく、まだ一年生の世良月と柳瀬さんは入学してからまだ間もなく、本来であればまずは学校生活に慣れることを優先するような時期になる。

 去年の同じ頃、智香子自身がどうであったのかと思い返してみても、これまもう間違いなく断言ができるのだった。

 一年前の今頃、智香子は右も左もわからない状態で、部活と学校生活に適応しようと右往左往していた。

 どうにか適応しようとしている、という点については今でもたいして変わっていないような気がするが、智香子たち二年生は、それでも一年分の経験と知識を身につけている。

 そうした、探索者としても松濤女子の生徒としての蓄積を持たないまま、一年生の二人はまま例のロストに形になり、そう考えるとかなり無茶な経験になっていたのではないか。

 幸いなことに、世良月は期間としては短いものの、校外の探索者とパーティを組むこともある。

 それに、もう一方の柳瀬さんは基本的に楽天的な性格のようで、少なくとも表面上はそうした事態を深刻に受け止めることはなかったように見えた。

 智香子たち、他の面子に対して心配をかけまいとしてあえて平気なふりを貫いていた可能性もあるのだが、ともかく結果としてはロスト中にパニックに陥ったりすることもなく、平静な態度を保ってくれていた。

 一年生の二人組が落ち着いた様子を保持していたから、智香子たち二年生組も大袈裟に騒ぐことができなかった、という側面も多分にあり、つまりは、

「全員が、どうにかして冷静に行動しようとしていた」

 ことが、今回の件についても大きくプラスに働いていたのだろうな。

 などと、智香子は分析する。

 もちろん、〈スローター〉氏という、探索者としてのキャリア事態は智香子たち二年生組と同じくらいの期間でしかないが、その代わり、どうやらかなり密度の濃い経験を経ていた、かなり特殊な探索者が同行していたことが、智香子たちの精神安定上にも大きく影響していたことは否定できない。

 仮にその〈スローター〉氏抜きで、あるいは、他の大人の探索者が同行していた状態で同じようなロスト事例に遭遇したとしたら、智香子たちはあの件と同じくらい冷静に振る舞えたのか。

 これは、客観的に想定してみても、かなり怪しいと、智香子は想像する。

 智香子たちとは一定の距離間を保ったまま、必要な助言は適宜してくれた〈スローター〉氏のような探索者は、実はそんなに多くはないと智香子は思っていた。

 智香子にしても、大人の探索者をそんなに大勢知っているわけではないのが、そうした大人の探索者たちは、智香子たちを前にするとどうしても大人として振る舞おうとする傾向があった。

 いい見方をすれば智香子たちのために責任感の伴う行動を取ろうとし、反対の見方をすれば立場というものを重視して智香子たちを指導、善導しようとする。

 そうした態度が一概に悪い、とも思えないのだが、しかし、あのロストの件においては、適切な態度とはいえなかっただろう。

 その点、あの〈スローター〉氏は大人として振る舞おうとせず、つまりは虚勢を張らずに、智香子たちを対等の探索者として扱っていたように思う。

 今にして思えば、だが。

 知っていることを知識として教えることはあっても、それは大人としての、智香子たちを指導する立場を意識してのものではなく、あくまで必要な情報を共有する、といった、フラットな態度を崩さなかった。

 だから智香子たちの側も、必要以上に反発することなく、素直にそうした助言を受けていたような気がする。

 それに。

 と、智香子は思う。

 世良月さんが、ね。

 どうした理由でか、智香子は知るよしもなかったが、世良月はあの〈スローター〉氏のことを師匠と呼びかなり信頼しているようだった。

 それも万全の、揺るぎない信頼。

 世良月が探索者として活動を開始したのは、資格取得条件のことを考慮するとまだまだ短い期間に過ぎないはずで、しかしの短い期間のうちに、どうした事情でか、世良月は〈スローター〉氏のことをかなり評価しているらしい。

 そうした世良月の、〈スローター〉氏へ信頼を寄せる様子も、智香子たちの精神を安定させる一助となっていたはずで。

 世良月がそこまで信用している人間なら、根本的にそんなに悪い人ではない。

 他の面子も、自然に〈スローター〉氏のことをそう評価していたような気がする。


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