第317話 納得できるように説明するのは難しい

 犯罪者に対する取り調べにも似た事情聴取とそれに弔辞簡易及ぶ身体検査などを終え、智香子たちはそれぞれの自宅へと帰る。

 この日はまだ平日であるが、そうした公社関連の手続きによって半日以上も潰れていたことと、それに、なにより智香子たちが疲労困憊であったので授業を受けられる状態ではなかった。

 それに、連休を潰しての補習も学校側が用意してくれるというので、あと一日休んでも大勢に影響はない、という事情もある。

 実際、指折り数えてみると智香子たちは先週末から足かけ七日間、丸六日と少し迷宮内に居続けた計算になり、その間、短時間の仮眠は交替で取っていたものの、まとまった睡眠時間を取ることができないでいた。

 こんな、ある種の緊張状態が長く続けば心身ともに疲労は溜まっているわけであり、大人たちの事情によるもろもろの手続きを終えた後はさっさと休みたい。

「お風呂にでも入って、さっさと眠りたい」

 というのが、智香子たちロストしていた松濤女子の生徒たちの本音だった。

 幸いなことに、智香子たち六人の父兄たちはそれぞれに送迎の車を用意してくれた。

 自家用車だったりタクシーやハイヤーなどをチャーターしたりと、各家庭の事情により種類は様々であったが、ともかくそうした車に乗って智香子たち六人はそれぞれの家庭へと帰還する。

 父が運転する軽自動車に乗った途端、智香子は助手席ですぐに寝息を立てはじめた。

 これまでの緊張状態から解放された反動が、ここで出て来たらしい。

 少し渋滞にはまって小一時間ほどで自宅のマンションまで戻り、そこで父親に揺り起こされて一度起きて、寝ぼけ眼でひさしぶりに自宅へと足を踏み入れた。

 心配そうな母親に出迎えられて、智香子はそのままバスルームへと直行し、念入りにシャワーを浴びる。

 湯船に浸かるとそのまま熟睡し、溺死してもおかしくはないという自覚があったので、とりあえずシャワーだけで我慢して、そのまま自室のベッドに倒れ込み、気を失うように寝入った。

 と思った次の瞬間に目が覚め、しかしスマホを確認すると日付が二日後になっていて、世間ではゴールデンウィークの連休に突入していた。

「むむむ」

 スマホの画面を見つめながら、智香子は低く喉を鳴らす。

 ざっと計算して三十時間以上、丸い一日以上、智香子は昏睡していたらしかった。

 ロストしていた間、智香子の心身がそれだけ深刻に休養を必要としていたということであり、これはこれで仕方がないのか。

 と、智香子は思う。

 というより、ここまで疲れた経験が智香子にはなかったため、実感が沸かなかった。

 そんなに、ストレスになっていたのかあ。

 などと、智香子は他人事のように感心をする。

 肉体的な疲労もさることながら、メンタル面での負荷が、想像していた以上にかかっていたようだ。

 ただ、ことの渦中にある間は、そうしたことを意識から外そうとしているので、本人はあまり実感できていなかった。

 ということ、なのかなあ。

 ともかく、目を覚ました智香子はまた浴室へと向かい、今度は湯船にお湯を張り、ゆっくりと時間をかけて入浴した。


「という感じなんだけどね」

 その日の夕食時、ひさびさに家族全員が顔を揃えた食卓の席で、智香子は両親に対して迷宮内でなにをしていたのかをかいつまんで説明する。

 智香子の両親は、精神的には柔軟性があるタイプであったので、迷宮での出来事や探索者の生態などについても、説明をしさえすればそれなりに理解を示してくれる。

 ただ、実際には、改めてそうした詳細を説明する機会や余裕など、ほとんどないのだったが。

 今回は、ロストという危難に智香子自身が巻き込まれた直後でもあり、両親の側も事情を知りたいようだった。

 いい機会だし、ちょっと詳しく説明しておくかな、と、智香子も判断したのだ。

 両親の反応は鈍かった。

 というより、どう反応していいものか、判断に迷っている風でもある。

 探索者の仕事というのは基本、血みどろであり、お世辞にも上品とはいえない内容だった。

 それに加えて、

「迷宮内を五桁キロメートルも彷徨して」

 などと、娑婆の尺度でいえばホラにしか思えない内容まで含んでいる。

 どこまで真面目に受け止めていいものか、両親としても判断しがたい、というのが本当のところだろう。

 無理もないけどね。

 と、智香子は思う。

 迷宮内は、娑婆とは完全に隔絶した別世界といってもいい。

 娑婆の尺度や常識は、ほとんど通用しないのだった。

 それを、部外者の一般人に納得させるのは、なかなか難しかった。

 一度中に入れば、そういうもんだと一発で理解できるんだけどな。

 などと、智香子は思う。


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