第316話 生還

「確かに、大変だ」

 迷宮から出てすぐに、智香子は思い知ることになった。

 まさしく〈スローター〉氏がいっていた通りであり、智香子たちはゲートを通過した瞬間、公社職員たちに取り囲まれ、丁重ではあるが断固とした態度で別室へと移送される。

 娑婆では四月末某日の早朝、ゴールデンウィークに入る直前の出来事ということになり、智香子たちは中学生の身でありながら数日、迷宮内で生死不明のまま行方不明になっていた、という形になる。

 探索者がロストすること自体はさほど珍しくもない。

 しかし、数日後に生還する、しかも、パーティの構成員がほとんど探索者資格を取れるギリギリの低年齢者ばかり、というパターンは、かなり珍しかった。

 公社をはじめとして、関係各所の大人たちは、さぞかし気を揉んでいたはずで、騒ぎになるのも当然といえた。

 客観的に考えれば、だが。

 まず、引率役の〈スローター〉氏は智香子たちとは引き離され、どうやらそこで詳しい事情聴取を受けることになったようだ。

 智香子たちも、

「まずはシャワーを浴びたい」

 という当人たちの意向はきっぱり無視をされ、そのまま身体検査と事情聴取を受ける。

 ロストしていた間のことを繰り返し、個別に訊ねられ、各人の発言に矛盾点が見つかればこれもまた執拗に確認をされる。

 智香子たちの方は別に隠す必要もないので、訊ねられた内容についてはそのまま応えていたが、数日間に渡る詳細をすべて正確に記憶できるわけもなく、細かい部分で矛盾点が出て来てそれを補正するのにはかなりの時間が必要だった。

 一応、探索者のヘルメットには行動記録用のカメラが付属しているのだが、このカメラのメモリーは数十時間分前後しか動画保存ができない。

 通常、そこまで長時間に渡って迷宮内に入り続ける探索者はほとんどいないから、智香子たちのようにロストでもしない限りは、それで十分に用が足りる。

 つまり、ロストしていた間の出来事については、当事者である智香子たちの証言を頼るしかなく、公社としても今後の対策を立てるためにもそうした証言の収集には熱心だったりする。

 探索者が、どのような原因でロストするのか。

 ロスト状態から生還した探索者が、どのような行動と判断をして来たのか。

 そうした詳細を洗い出して分析し、今後のために役立てる。

 探索者全体の安全性を高めるための、地道な努力の一環というわけで、それを理解していたから智香子たちも協力をするしかなかった。

 そうした尋問に近い事情聴取は数時間に及び、そうするうちに夜が明け始発が動く時間帯になり、関係者の大人たちが続々と集まってくる。

 探索部顧問の勝呂先生をはじめとする松濤女子の学校関係者数名と、それに智香子たち、各生徒の保護者たち。

 智香子たちがロストしていたのは、智香子たち自身のミスというよりは完全な不可抗力であり、智香子たち自身はいわばほぼ完全な被害者でしかないのだが、智香子たちがロストしていた間、こうした大人たちに心配をかけていたであろうことも容易に想像ができた。

 結果、智香子たちはそうした大人たちに囲まれて、しばらく盛大に叱られた泣かれたり抱きつかれたりなどして、もみくちゃにされた。


「いやまあ、無事でよかった」

 智香子のところは、初台にある事務所を仕事場にしている父親が来てくれた。

「慎重なお前のことだから決して無理はしないと、そう思っていたんだが、それでも気が気じゃなかった。

 ここ数日は、仕事に集中できなかったよ」

 数日ぶりに会う父親は、目の下にクマができて憔悴しているように見えた。

 だけど、この日とはいつもこんな状態なので、この憔悴がロストしている智香子のことを心配してできたものかどうか、智香子自身はなんとも判断ができなかった。

「まったくもう、あんたまで迷宮に食われたかと思ったんだから!」

 香椎さんは、母親だという女の人に抱きつかれている。

 かなり若いな、と、その女の人を見て智香子は思った。

 説明されなければ、香椎さんの母親というよりは姉に見える。

 それに、親子だけあって香椎さんとよく似ていた。

「ロストから無事に生還できて、探索者としてはようやく一人前ってところだな!」

 若い男性が、そんなことをいいながら黎の背中を何度も叩いている。

 その男の人は、黎のお兄さんだという。

 大学生で、家族の中で一番時間の自由が利くから、という理由で来たらしい。

 黎には、こんなお兄さんがいたんだ。

 と、智香子は思った。

 例の葵御前以外、黎の家族についてはあまり聞いたおぼえがない。

「このたびはうちの娘がご迷惑をおかけしまして」

 四十歳くらいだろうか。

 いかつい体格の男の人が、そんなことをいいながら公社の人たちや学校の先生たちに頭をさげて回っている。

 この人が、佐治さんのお父さん。

「足をなくした次の年には迷宮でロストって!」

 若い女性が、柳瀬さんに向かって大きな声を張りあげていた。

「あんたもたいがいに波瀾万丈な人生送っているよね!」

 この人が、柳瀬さんのお姉さん。

「無事に生還できたことは、いいんだけどさ」

 勝呂先生は、真面目な表情で智香子たちにそう告げた。

「立場上、これは伝えておかないとね。

 君たち、おそらくは連休中、補習を受けることになるから」

 不可抗力とはいえ、智香子たちが数日間授業を受られなかったことは事実であり、学校側としてはこうした場合、積極的に生徒たちのフォローをすることになっている、という。

 智香子たちのようにロストし、その上で生還してきた生徒たちは過去の松濤女子にも存在したはずであり、つまりはそういう前例に従って処理をされるのだろう。

 学校側としても、探索部を存続させるためには、そうしたフォローをしないわけにはいかないのだ。

 つまり、この年の智香子たちの黄金週間は、無事になくなってしまった。


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