第315話 執念

〈槍〉に胴体を貫かれてもなお、エネミーは前進を止めなかった。

 しかし、〈スローター〉氏もそうなることを予想していたのか、そのまま手を休めることなく追撃する。

 まず、〈槍〉全体が白い放電現象に包まれ、当然、エネミーも全身をその電撃に晒された。

 エネミーは全身を痙攣させる。

 もちろん、その歩みも止まっていた。

 あれほど強力な電撃を全身に浴びれば、本人の意思がどれほど強固であろうとも、体の方が思うように動かない。

 筋肉は、神経パルスに刺激されて収縮している。

 そうした機序が存在する以上、より強い電気によって全身を包まれれば、本人の意図とは無関係に勝手に収縮をするはずだ。

 それでも、エネミーは自分の胴体を貫いた〈槍〉を両手で握りしめ、さらに前進を続けようとする。

 なぜ、そこまで執念を燃やすのか、智香子には理解できなかった。

 エネミー自身の生命も、尽きようとしている。

 智香子の目から見てもそれは明らかであり、〈スローター〉氏なり智香子たちなりにこれ以上の危害を加えても、誰の利益にもならない。

 電撃を浴びて全身を痙攣させながら、なおもエネミーは腕を振りかぶった。

〈スローター〉氏はそのまま長大な〈槍〉を持ちあげ、その勢いを殺さないまま頭上を経由して旋回させ、串刺しになったままのエネミーの体を地面に叩きつける。

 それも、一度で終わらせるわけではなく、何度も同じ動作を繰り返した。

 串刺しになったままのエネミーは、その状態のまま何度も地面に叩きつけられ、外傷を増やしていく。

 手足があらぬ方向に曲がり、全身が血まみれになっていた。

 そんな状態になってもなお、エネミーは動いている。

 じりじりと、〈スローター〉氏の方向に移動しようとしていることが、見て取れた。

 まだ、戦意を失っていないのか。

 智香子はその姿を見て、ある種の恐怖を感じる。

 なぜ、そこまでして人間を、探索者を害そうとするのか。

 瀕死の状態にあっても人間に危害を加えようとするエネミーの行動は、通常の生物ではあり得ないはずであり。

 その不可解さと相まって、その様子を目の当たりにした智香子は、なんとも居心地の悪い戦慄を感じた。

 あまりにも、不自然な存在。

 手足が折れ、エネミーが襤褸きれ同然の姿になっても〈スローター〉氏は攻撃の手を緩めなかった。

 エネミーが刺さったままの〈槍〉を何度も地面に叩きつけて、エネミーにダメージを与えていく。

 エネミーの姿が原型を留めないようになってから、ようやく動きを止めて〈槍〉を〈フクロ〉の中に戻した。

 そして、すでに満足に動けなくなった肉塊同然のエネミーに向けて、さらに〈投擲〉攻撃を浴びせる。

 いくつもの〈斧〉が立て続けに、肉塊同然のエネミーに命中し、その血肉を散らした。

〈スローター〉氏はその攻撃をしばらく続け、そして唐突に、攻撃対象が消失する。

 消失?

 いや、違う。

 エネミーの肉体であった物体は、消えた。

 しかしその代わりに、いくつかの、それまでそこに存在しなかったはずの物体が散らばっている。

 ドロップした。

 と、智香子は思った。

 一体のエネミーから複数のアイテムがドロップすることは極めて珍しく、智香子も実際に目撃するのは今回が最初になる。

 とにかく、アイテムがドロップしたということは、あのエネミーは完全に倒されたわけだ。

「後始末をしよう」

〈スローター〉氏が、智香子たちの方に顔を向けて、そう告げた。

「ドロップしたアイテムを回収して。

 それから、〈フラグ〉が使えないかどうか、試してみよう」

 どこか、疲れを感じさせる声だった。

〈スローター〉氏も無傷ということはない。

 フェイスガードは破損し、保護服やプロテクターも無事な部分が少ないくらいだった。

 満身創痍、といってもいい。

 世良月がすぐに駆け寄って、そんな〈スローター〉氏の応急処置をはじめる。

 智香子たちは手分けをして、周囲のドロップ・アイテムを回収しはじめた。

 床に転がったままのエネミーの死体にスライムがとりついて、消化をはじめている。


 アイテムを回収し終えた後、智香子は〈スローター〉氏に促されて、その場で〈フラグ〉のスキルを使用してみる。

 周囲の光景がブレる感覚。

 その後、智香子たちは見覚えがある場所に移動していることに気づいた。

「迷宮の入口、はいってすぐのところだ」

 智香子は、口に出して、そういう。

〈フラグ〉のスキルは、無事に発動した。

 ああ。

 少しして、そのことを実感できるようになる。

 ようやく、外に出ることができるのだ。

「出よう」

〈スローター〉氏が、静かな声で智香子たちに告げる。

「これからが、いろいろと大変だけど」


 智香子たちは、迷宮を脱出する。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る