第314話 死に物狂い
エネミーは、フットワークを使って攻撃を避ける。
〈スローター〉氏は、足を使った移動を極力小さくして、体を反らしたり倒したりして攻撃を避ける。
微妙に、方法論に違いがあるんだな。
と、智香子は思う。
エネミーの方が俊敏で、〈スローター〉氏は、おそらくは体力の温存が目的なんだろうな。
激しい攻防で、両者とも被弾して傷つき、体の各所に出血をしていた。
実際の時間はせいぜい数分くらいなはずだが、もっとずっと長く感じる。
智香子と世良月も、遠くから援護射撃をしていたわけだが、エネミーにとってはあまり影響がないようだ。
智香子の〈ライトニング・ショット〉も世良月の〈投擲〉も、そのエネミーにとってはまるで脅威になならないようだった。
攻撃が来るのを察知すると、そのまますぐに射線上から移動してやり過ごす。
命中しなければ効果がない以上、智香子と世良月の遠距離攻撃も徒労に近い行為でしかなかった。
多少なりともエネミーの注意力を奪っている。
と、そう思いたい気持ちも強かったが、エネミーの様子を見ていると、まだまだ余裕で捌いているようにも見える。
敏捷性以外に、〈察知〉とかそういった感知系のスキルを持っているのかも知れないな。
と、智香子は思う。
智香子たちの遠距離攻撃を五感で感知する前に体が動いている。
エネミーの動きを見ると、そう思えた。
そんな、遠距離攻撃の軌道を事前に読み取るようなスキルが存在するとは、智香子も聞いたことがないのだが。
そうしたスキルの有無はともかく、そのエネミーがとんでもなく素早くて勘がいいのは確かで、智香子と世良月の攻撃はいくらかでもそのエネミーの負担を増しているようには見えなかった。
対する〈スローター〉氏は、足を使っての移動を最小限に抑え、体勢を変えることで攻撃から逃れている。
体を大きく反らしたり倒したりしながら〈投擲〉スキルによる攻撃を継続する様子はアクロバティックで、なんとも忙しない印象を受けた。
それ以上に、
「あんな不安定な姿勢からも、〈投擲〉を行えるのか」
という部分に、智香子は感心をする。
〈スローター〉氏も、別に好きであんな曲芸じみた格好をしているわけではないと、理解はしているのだが。
長く感じたが、実際にはほんの二、三分くらいだったろう。
しばらく保たれていた均衡は、不意に崩れた。
〈スローター〉氏の攻撃が、段々と当たるようになっていたのだ。
というより、エネミーの動きが目に見えて鈍く、不自然なものになっていた。
よく見ると、エネミーの体に細い線状の物体が絡んでいて、それが手足の動きを妨げているようだった。
なんだ、あれ?
「ボーラですね、あれ」
智香子が疑問を口にするよりも早く、世良月が教えてくれる。
「ワイヤーや鎖などの端に錘をつけた投擲武器です。
師匠も、よく使います」
なるほど。
智香子はすぐに了解した。
ボーラとは、つまりは得物の手足を拘束することを目的とした武器、なのだろう。
〈スローター〉氏は、そのボーラを、他の武器に混ぜて投げつけていたわけだ。
エネミーがそのボーラを叩き落とそうとしても、物が物だからかえって自分の身を戒める結果となる。
原始的だけど、ああいう相手には効果的な武器だな。
と、智香子は感心する。
感心してばかりもいられないので、智香子は動きが鈍ったエネミーに向けて、以前にも増して〈ライトニング・ショット〉を連射した。
動きが不自由になったせいか、おもしろいくらいに命中する。
雷光が体に当たるたびに、エネミーの体が大きく跳ねあがった。
いつもよりも効きが悪いような気もするのだが、命中すればエネミーの動きも確実に鈍る。
おそらくは、電撃によって麻痺しているのだろうと、智香子は思いたい。
そうしてどんどんエネミーの動きが緩慢なものになり、世良月や〈スローター〉氏の投擲攻撃が命中する割合も増えてきた。
このまま終わるのかな。
智香子がそう思った時、エネミーは一転、体を起こして物凄い勢いで〈スローター〉氏に突進した。
一瞬にして、エネミーと〈スローター〉氏との距離が詰まる。
そのまま激突した、と、思った瞬間には、〈スローター〉氏は長大な武器を両手に抱えていた。
例の、無骨な外観の、〈槍〉だ。
〈フクロ〉から出した〈槍〉に胴体部をまっすぐ貫かれたエネミーは、それでもまだ絶命せず、そのまま〈スローター〉氏と間合いを詰めようとする。
エネミーの背中、貫通した〈槍〉の、血塗られた部分が長くなっていった。
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