第313話 援護射撃
無言で立っていた〈スローター〉氏の両腕が、閃く。
いや、高速で動いているので、肩から先が見えなくなった。
大量の、夥しい物体がエネミーに向けて〈投擲〉される。
エネミーは、射線上から逃げながら、時折、〈投擲〉された武器を投げ返していた。
そのエネミーも、どうやら〈投擲〉スキル持ちであるらしい。
投げ返された武器を、〈スローター〉氏は手で叩き落としつつ、以前と変わらない速度で〈投擲〉攻撃を続行する。
その合間に〈ライトニング・ショット〉も織り交ぜているらしく、武器が空を切る轟音に紫電の閃光が混じていた。
智香子たちのレベルでは到底実現不可能な密度、つまり高速度で繰り出される〈投擲〉攻撃の応酬。
なんだ、これは。
その光景を目の当たりにした智香子は、一瞬思考を停止する。
そしてすぐに、
「みんな、速く逃げて!」
と、大声を出す。
自分も、〈スローター〉氏とエネミーの近くから遠ざかるように駆けだした。
あんな密度の攻撃が普通に行われ、しかも、〈スローター〉氏もエネミーも高速で移動し続けるとなる、いつ流れ弾を被弾するのかわかったものではない。
〈スローター〉氏はできるだけその場から動かないようしにしていたが、エネミーの方は攻撃を避けるために不規則に動いている。
こんな状況で巻き添いを回避するためには、その場からできるだけ距離を取るしかなかった。
「あれが、上級者の戦い方かあ」
安全、かどうかわからないが、戦いの現場から百メートル以上も距離を取ってから、佐治さんがいった。
「なんか、わたしらとは全然違うのな」
「同じ〈投擲〉でも、連射速度とか一発あたりの威力が全然違いますよ」
世良月が、もっともらしい口調でいう。
「自分のが単発の火縄銃とすれば、師匠のはバルカン砲ですよ」
「その弾幕をかいくぐって避け続けているあのエネミーっても凄い」
黎が、冷静な声で指摘をする。
「あれは確かに危険だし、うちらでは手に負え……ってぇ!」
言葉の途中で叫び声をあげたのは、そのエネミーの方から来た攻撃をギリギリのタイミングで阻止したからだった。
具体的にいうと、飛んできた剣を、自分が持っていた剣で弾いた。
「あー、あのエネミー、ムカつく!」
黎は叫んだ。
「月ちゃん、チカちゃん、あいつなんとかしちゃって!
援護射撃とか!」
「いわれなくてもやるつもりだけど」
智香子はいった。
「でも、あの速度で移動し続けていると、まず当たらないし、かえって〈スローター〉さんの邪魔にならないかな?」
「師匠に当たらないよう、十分に気をつけながら、なら」
世良月がいった。
「特に問題はないかと」
「それに、こちらの手数が増えればエネミーの注意力も分散させる必要が出て来るわけだし」
香椎さんも、そう指摘をする。
「やれることはどんどんやるべきじゃない?
〈スローター〉さんも、距離を取れとはいってたけど、手出しをするなとはいっていないし」
「それもそうか」
智香子は小さく呟いた。
「ええと、じゃあ、射線上に〈スローター〉さんが入らないよう、十分に注意をして。
それと、前衛四人はエネミー側からの攻撃を阻止、防御することにしばらく専念して」
「了解」
「わかった」
前衛の四人は、口々にそんな返答をする。
智香子たちの援護射撃がはじまった。
「どっちもダメージを受けていない、ってわけじゃないんだよなあ」
しばらくして、佐治さんがいった。
「あちこちに攻撃は受けているけど、深刻な、少なくともすぐに動きが鈍るようなことにはなっていない、ってだけで」
「あのエネミーが凄いってことは、今さらだよ」
香椎さんが、応じる。
「〈スローター〉さんがいなければ、とっくに全滅している!」
「なんか、これまでのネコ型とは印象が違うよね」
黎は、そんな指摘をした。
「さっき、みんなで囲んでた時も、なんかこちらの実力を推し量っているように見えた」
「と、いうより」
柳瀬さんが意見を述べる。
「露骨に見下されているように感じた。
お前ら、この程度か、って」
「実力差があることを理解しながら、すぐに手を出さずに、まずこちらの手の内を見る」
智香子がいう。
「慎重な性格なのかな?」
「完全を期するのなら、弱いとわかっているわたしらをまず潰すよ」
佐治さんは、そう指摘をした。
「手間取ることがわかっている〈スローター〉さんは、その後でゆっくりと相手をすればいい。
あのエネミーがあの時、わたしらに手を出さなかったのは、単純にこちらを見下し、心の中で笑い者にしていからだ」
「そういう雰囲気は、正直、感じた」
黎も、そんなことをいい出す。
「一瞬だけ目が会った時、あのエネミー、笑ったような気がしたんだよね」
「笑った?」
世良月が、驚きの声をあげた。
「エネミーが、ですか?」
「高い知能を持つんなら、他人を、人間を嘲り笑うということもできるでしょう」
黎が、説明する。
「ヒト型は、エネミーの中でも知能が高いといわれているし。
ユーモアの感覚があってもおかしくはないよ」
「ユーモア、ねえ」
香椎さんが、呆れたような声をあげる。
「ユーモアというには、ずいぶんとひねた感覚だとは思うけど」
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