第311話 最後のエネミー
〈スローター〉氏は相変わらず、ほとんどのエネミーたちをたった一人で引き受けて奮戦している。
そんな状況で、こちらの状況まで把握した上、高速で動き回る剣使いのエネミーの頭部に〈斧〉を命中させた。
ようだった。
智香子はその妙技に内心で、驚くよりも先に呆れていた。
探索者として経験を積めば、そんな離れ業も自然にできるようになるのだろう。
この時点で智香子たちと〈スローター〉氏との実力差は、漠然と想像していたよりも隔絶しているのは、確かなようだ。
前衛四人組は、智香子のように現状分析をしている余裕もなく、残った剣使いのエネミーを包囲しはじめた。
いくら素早いといっても、たった一人のエネミーに対して四人ががりでいけば、その行動を阻害することは十分に可能だった。
佐治さんが手にしていた〈盾〉で殴りかかり、エネミーはそれを避けたが、その先に待ち構えていた黎が斬りかかる。
黎は両手に剣を持つスタイルなので、最初の斬撃を躱して姿勢を崩したところに第二の斬撃を加えた。
その二番目の斬撃が、エネミーの大腿部を斬り裂く。
大きな傷ではなかったが、脚を斬られたエネミーは、急速に移動速度を落とした。
そのおかげで四人がかりの攻撃を逃げ切ることができなくなり、そのままなぶり殺しも同然の様相で惨殺される。
一度傷つきと、その後はあっという間に勝負がついた。
「ようやく片がついた!」
フェイスガードに着いた返り血を手で乱暴に拭いながら、佐治さんがいった。
「残りは?」
「あと六体!」
智香子が大きな声で教える。
前衛四人が残った剣使いを始末している間にも、〈スローター〉氏は何体かのエネミーを始末していた。
「一気に片付けよう!」
黎が大きな声で叫んで、〈スローター〉氏の方に駆け出す。
〈スローター〉氏を囲んでいたエネミーたちは、前衛四人が自由になったことに気づき、動揺したようだ。
うろたえたように、動きが鈍くなる。
その隙を見逃さずに、智香子と世良月とは遠距離攻撃による攻勢を激しくする。
すぐさま二体のエネミーに〈ライトニング・ショット〉が命中し、そのうちの一体は世良月が〈投擲〉した槍を腹部に受けて、串刺しにされた状態でその場に倒れた。
残った一体も、柳瀬さんが突き出した槍をまともに喉元で受けて絶命する。
〈スローター〉氏と、突出した四人に挟撃される形となったエネミーたちは、どちらの方を優先的に相手にするべきなのか、一瞬、迷ったようだ。
その迷いが、命取りとなった。
残りのエネミーたちも、浮き足立っているうちに、次々と倒されていく。
最後のエネミーが〈スローター〉氏の〈投擲〉した〈斧〉により頭部を粉砕されたのを最後に、生きて動いているエネミーは見えなくなった。
「終わった、の?」
香椎さんはそう呟いて、落ち着かない様子で周囲を見渡した。
「いや、まだだ!」
〈スローター〉氏は落ち着いた声で告げる。
「おれから離れて!
早く!」
叫びつつ、〈スローター〉氏は〈フクロ〉から例の〈槍〉を取り出して、一閃させる。
〈槍〉は、紫電を纏いつつ弧を描いて大きく〈スローター〉氏の周囲を旋回した。
なにを?
と、智香子が疑問に思うまもなく、紫電を纏った〈槍〉は何者かに受け止められる。
何者か?
もちろん、〈槍〉を止めたのはエネミーだった。
智香子たち人間以外、探索者以外にこの迷宮にいるのは、エネミーしかいない。
〈槍〉を片手で受け止めたエネミーは、鼻先に皺を寄せながら目を細めていた。
直立ネコ型のエネミーで、おそらくはそれまで〈隠密〉スキルで姿を隠していたらしい。
そのエネミーの毛皮が、次の瞬間には炎に包まれた。
〈スローター〉氏が、自身の周囲に高温を発する例のスキルを発動したため、毛皮に着火したらしい。
炎に包まれたままそのエネミーは五メートル以上も後方に跳び、〈スローター〉氏と距離を取る。
そして、大きく身震いすると、それだけで全身を包んでいた炎が消えてしまった。
あまり、ダメージは受けていないような。
そのエネミーの余裕のありそうな様子を見て、智香子はそう判断する。
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