第309話 〈ヒール〉、〈ヒール〉、〈ヒール〉、〈ヒール〉、〈ヒール〉。

 やるべきことは多い。

 智香子の知覚は今、三重に重なっている。

 通常の視覚や聴覚と、〈察知〉と〈鑑定〉の二種類のスキルを交互に使用して周囲の様子を観測していた。

 そうしておかないと。

「世良さん!」

 智香子は〈ライトニング・ショット〉のスキルを一見してなにもない空間に放ちながら叫んだ。

「お願い!」

「はい!」

 世良月も、すぐに体の向きを変えてそちらに槍を〈投擲〉する。

 なにもない空間に放電の火花が散り、それまで〈隠密〉スキルで姿を隠していたエネミーの存在が、通常の知覚系でも感じ取れるようになった。

 その胸に、まっすぐに飛んでいった槍がそのまま刺さり、〈隠密〉使いのエネミーはそこで息絶える。

 智香子たちが真っ先に指揮を執っているらしいエネミーや〈杖〉持ちのエネミーを狙うように、エネミーたちも遠距離攻撃を主体とする智香子や世良月を優先的に攻撃してくる傾向があった。

 こうした〈隠密〉スキルによって姿を隠して攻撃を試みる方法はスタンダードな、これまでにも何度もやられている戦法だったので、智香子としてもまったく油断していない。

 今回の襲撃がこれまでと違ったのは。

「先輩!」

「大丈夫!

 メットで逸れた!」

 心配そうな声をあげた世良月に対して、智香子は即座に伝える。

 今回のエネミーは〈隠密〉だけではなく、〈投擲〉スキルの練度もあげていたようで、最後の瞬間、智香子に短剣を投げつけたことだった。

 その短剣は、とっさに頭をそらした智香子のヘルメットをかすめ、そのままあらぬ方向へと飛んでいく。

 直撃ではなく、軽くかすめただけだったが、それでもかなり強い衝撃がヘルメット越しに伝わり、一瞬、智香子の意識も飛びかけた。

 今のはちょっと、ヤバかったな。

 智香子は、そう考える。

 油断した、か。

 かすっただけでこれくらい強い衝撃が来るのだったら、直撃したらヘルメットと頭蓋骨を貫通して、その内部にまで刺さっていてもおかしくはない。

 ヘルメットの防御力に助けられた、という線は確かなようだ。

〈ヒール〉、〈ヒール〉、〈ヒール〉、〈ヒール〉、〈ヒール〉。

 心の中で念仏のように唱えながら、智香子は思う。

 運がよかった、と。


〈ヒール〉、〈ヒール〉、〈ヒール〉、〈ヒール〉、〈ヒール〉。

 智香子だけではない。

〈ヒール〉のスキルを持たない黎以外の全員が、〈ヒール〉のスキルを常時発動させながら戦っているはずだった。

 今回は、かなり危うい。

 智香子たちとエネミー側の実力は、かなり拮抗しているように思えた。


 前衛の四人組は、先に近づいてきた二体の剣使いを相手に戦っている。

 なかなか決着がつかないのは、そのエネミーたちが素早く、こちらの攻撃がヒットしないからだ。

 それだけ高速で移動し続けるエネミーには、智香子たちの遠距離攻撃などももちろん命中しやしない。

 四人も、それほど俊敏なエネミーに対して、かなり上手に粘っているといえる。

 彼女たちがどうにか凌げているのは、防御一点張りででならば、エネミーたちの動きにどうにかついていけていること。

 それに、ついさっき智香子がヘルメットに救われていたように、防具の性能によるところが多いだろう。

 前衛四人もこれまでに何度もエネミー側の攻撃を受けているわけだが、保護服とかプロテクター、ヘルメットなどに防がれてどうにか深刻な打撃にまでは至っていない。

 ただし、攻撃を受ければ体の方にも相応にダメージは受けるわけで、〈ヒール〉スキルの常時発動は避けられなかった。

〈ヒール〉をはじめとする一部の補助スキルはパーティ全体に効果がある。

 余裕がある誰かがスキルを使い続ければ、それだけで全員のダメージを軽減する効果があった。

〈ヒール〉、〈ヒール〉、〈ヒール〉、〈ヒール〉、〈ヒール〉。

 だから智香子たちは、それぞれの仕事をしながら平行して〈ヒール〉のスキルを使い続ける。


 智香子と世良月は、エネミーたちの弓の射程外に身を置きながら、四人に近づいて来るエネミーを見つけ次第攻撃していた。

 無論、弓使いや〈杖〉持ちなど、エネミー側の遠距離攻撃担当にも攻撃を加えて続けている。

 エネミーたちはこちらの攻撃に気づくと素早く身をかわすので、命中はほとんどしなかったが、それでも牽制にはなる。

〈ライトニング・ショット〉と〈投擲〉の連携でどうにか倒せたエネミーは、わずかに三体。

 まだまだ大勢のエネミーたちが健在なままだった。

 少ない、時間がかかりすぎているとはいえ、まがりなりにもエネミーは倒せているのだからこちらが優勢なはずだが、彼我の実力差はそんなに差が大きいわけでもない。

 と、智香子は思う。

 それこそ、なにかの拍子にバランスが崩れ、エネミー側が優位に立つことも、十分に考えられた。



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