第306話 本音と実感
気がつくと、時間の経過は誰も気にしないようになっていた。
交替で仮眠を取り、移動し、エネミーの相手をする。
この繰り返しを続けるだけの生活であり、時間とか日付はすでに意味がないものとなっている。
智香子だけはマッピングアプリを作動させているタブレットで時折日時を確認していたが、ただ単に確認するだけであり、そこに意味を見いだしているわけではない。
このままいくと、ゴールデンウィークまで迷宮で過ごすことになるなあ。
とか、ぼんやりと思うだけだった。
「途中でエネミーの数が減っていますよね?」
「減っているね」
智香子が確認すると、〈スローター〉氏が頷く。
「こりゃどうも、エネミー同士で殺し合いをして累積効果を稼いでるっぽいな」
以前にも、そういう仮説を誰かが口にしていたような気がする。
なにより、エネミーたちがどんど強くなっているという実感があった。
その理由を考えると、そんなことしか思いつかない。
智香子と〈スローター〉氏はともに〈察知〉スキルを生やしており、遠く離れた場所にいるエネミーたちの距離や位置をある程度把握することができる。
そのため、エネミーが目に見えて減っていることも、そのスキル越しに知覚できたのだった。
「こりゃ、最終的には、最後まで生き残った精鋭と戦うことになるかな」
〈スローター〉氏が静かな口調で、そう呟いた。
「君たちにとっては、かなりきついことになると思う。
できるだけフォローはするつもりだけど、覚悟はしておいて」
そうなるんだろうな。
と、智香子も心の中で頷く。
〈スローター〉氏は、今いる七人の中では飛び抜けた実力を持つ探索者といえたが、だからといってそれだけで智香子たち全員を完全に守れるという保証もない。
〈スローター〉氏が単身で智香子たち松濤女子組六人をカバーすることは、物理的に考えても不可能といえる。
自分の身は、自分で守る。
そう考え、覚悟を決めておいた方がいい。
というのが、今、ここでの現実だった。
現に、直前まで戦っていた直立ネコ型エネミーたちもかなりの実力者揃いであり、智香子たちはかなり苦戦している。
累積効果やスキル構成なども含めて考慮すると、一対一で戦う限りではまだまだ智香子たちの方が優勢であったが、そうした個体差ではなく集団戦となるとまったく先が読めない。
公正なルールがある、スポーツや競技ではないからだ。
迷宮での戦いとは実質殺し合いであり、その場では手段を選んでいる余裕もない。
敵も味方も、使える手段はなんでも使ってくるし、それだけに相手の出方を事前に予測することは難しかった。
さらにいえば、〈スローター〉氏はともかく、智香子たち松濤女子組六人は程度の差こそあれ、長時間に渡る断続的な連戦により疲弊、疲労している。
エネミーを倒した分、累積効果も得られるので一概にはいえないのだが、時間が経てば経つほど、智香子たちの疲労も積み重なって動きや判断能力なども鈍るはずだった。
実際、エネミーは確実に強くなってきている。
多彩なスキルを使うようになっており、智香子たちもどうにか対応するするのがやっとの状態だった。
カエル型エネミーはある時期からまったく出会うことがなくなっており、これも「エネミー同士で潰し合っている」仮説を補強する一要因になっている。
累積効果によって強化された直立ネコ型エネミーは、手強かった。
少なくとも、この時点での智香子たちにとっては。
小柄で体重こそ軽かったものの、速度や反射神経などは智香子たちよりは確実に上回る。
連携と、それに智香子と世良月の遠距離攻撃により動きを阻害し、行動範囲を限定してから前衛四人が攻撃を叩き込む、といういつもの方法でどうにか対抗することができた。
智香子たちも累積効果により身体能力が強化されているはずだったが、遭遇する度に強くなっている実感があるエネミーと比較するとそれにも見劣りがするような感覚がある。
これまでの経験から学んだ方法論と、それに保護服などの防具の性能が智香子たちの実力を底支えして、どうにか持ちこたえている状況といえた。
一番大きかったのは、この中では突出した実力を持つ〈スローター〉氏が、エネミーたちの真っ先に主戦力を分断したり注意を引いたりしてくれるので、智香子たちの負担が大きく軽減されていたこと、という要因だと思うが。
こんな状況では、新しくスキルを生やしてもそれを使いこなすような余裕もなく、累積効果もそうと実感できるほど頼りになる気もせず、その場その場をどうにか凌ぐだけで精一杯。
というのが、智香子たちの本音といえた。
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