第305話 迷宮だから
〈スローター〉氏の働きは、いつものことながら圧巻だった。
遠距離からの支援がメインである智香子は、前衛組やエネミーたちから距離を取った場所で、いいかえれば全員の動きが視界に入りやすい場所にいることが多い。
だから、〈スローター〉氏の動きについても、比較的に把握しやすかった。
とはいえ、〈スローター〉氏の移動速度は速い上にランダムに進行方向を変えたりするので、ともするとすぐに視界の外に出てしまいがちではあったが。
エネミーの群れに突入する時、〈スローター〉氏は例の長大な〈槍〉を使うことが多かった。
エネミーの中に突入した状態で、その〈槍〉をぶんと旋回させる。
それだけで、〈槍〉が届く範囲内のエネミーは一掃された。
〈槍〉自体の攻撃力に加え、〈スローター〉氏には例の高熱と放電を発生させるスキルがあり、大勢のエネミーを相手にする時はその二種類のスキルを常時発動している。
直接やりに触れなかったとしても、周囲のエネミーは熱か放電にやられてダメージを負った。
その名の通り、こんな時の〈スローター〉氏は、エネミーを殺戮するだけの存在と化す。
無敵というか、無双というか。
この〈スローター〉氏が大勢のエネミーたちの注意を引きつけてくれていたので、智香子たちも活躍する余地が生じている。
という部分は、客観的に見てもあると思う。
智香子たち松濤女子組と〈スローター〉氏一人、この両者をエネミーの側に立って比較してみれば、どうしたって〈スローター〉氏一人の方が脅威であるはずなのだ。
今回、スキルがロックされて智香子たちは迷宮に閉じ込められているわけだが、〈スローター〉氏が同行していたことは不幸中の幸いといってもよかった。
「それに比べてこっちは」
黎が、一戦終えてへたり込んでいた仲間たちを見渡してこぼした。
「どんどんボロボロになっているような」
そういう黎自身も、保護服のあちこちに補修パッドに貼り付け、ヘルメットには無数の傷や凹みがついていて、かなりひどい有様だった。
いや、智香子たち松濤女子組全員が、今では同じような感じになっているわけだが。
「集団戦を連続で、っていうのはキツいっすね」
柳瀬さんがいった。
「累積効果のおかげで、楽になっている部分もあるんすが。
ただ、相手の数が多すぎるってのも」
「あと、いつ終わるのかわからないってのが」
香椎さんが続ける。
「こう、精神的にね」
「交替で仮眠を取りつつ、ずっとだもんなあ」
佐治さんがあ離れた場所で寝そべっていた〈スローター〉氏に目を向けていった。
「なかなか、あの人のようにはいかないよ」
「師匠は、師匠ですからね」
世良月は、そういう。
「こちらとしては、足手まといにならないように頑張るだけなのです」
「この前に聞いたら、この階層はもう少しで終わるみたいだけど」
智香子はそう続ける。
「ひょっとすると、その前に大きな動きがあって、それをクリアすればすぐに出られるかも知れない。
というような意味のことを、いってた」
「でも、例によって確実ではないんでしょ?」
黎が、即座に確かめてくる。
「まあね」
智香子は頷いた。
「あの人の印象?
根拠がないけど、これまでの経験から出た予測みたいなものだから」
「その変化がなかったとしても、この階層をクリアできればまた違った環境になるわけで」
佐治さんはのんびりした口調でそういった。
「どっちにしろ、もうすぐなんらかの区切りにななるってことだよなあ」
「本当にそうなるといいけどね」
香椎さんが、その言葉に頷く。
「ただ、なんにせよ確実ってことはないでしょ。
なにせ、ここは迷宮だから」
「ああ」
黎も、重々しい口調で頷いた。
「迷宮だから」
確実なことは、なにひとつない。
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