第303話 予兆
〈盾術〉の練度が高く、真っ先にエネミーに突入する役割を負うことが多い佐治さんが一番、痛みが激しかった。
つまり、外見的なことをいえば、ということだが。
本人は外見よりも汗を拭えない不快感の方に気を取られているようだったが、フェイスガードには罅が入りヘルメットには摩擦跡がいくつも張りつき、プロテクターには途中で折れた矢が刺さったままになっており、保護服もあちこちに応急処理用のパッドが貼られてれている。
〈ヒール〉のスキルを多用していることもあって、中身である本人はピンピンしているのだが、外から見れば満身創痍にしか見えない。
そこまで酷くはないものの、今では残りの松濤女子組も似たような外観になっており、全体に見た目が薄汚い感じになっていた。
普段、松濤女子の生徒たちは短時間しか迷宮に入っていないし、装備品のメンテも丁寧にやっている。
その普段の様子と今の智香子たちの状態とを比較すると、雲泥の差があった。
非常時だから、仕方がないんだけどね。
智香子は、そんな風に思う。
ただ、こういう状態があんまり長く続くようだと、精神的にはよくないかな。
今の智香子たちは、快適でも清潔でもない置かれ、そうするように強いられている。
仕方がない。
そう断言できる立派な理由があるのだが、だからといって精神的にダメージがなくなるわけでもない。
このままだと、じわじわと鬱屈した思いが溜まっていくのではないか。
と、智香子は予想した。
この件についていえば、〈スローター〉氏はあまり当てにならなかった。
〈スローター〉氏は予備の装備品を何種類も自分の〈フクロ〉に保管しているらしく、なんらかの理由により破損した物に関してはすぐに取り替えて使用している。
佐治さんや香椎さんが破損したフェイスガードの替えを提供してくれたのも、このストックの中からだった。
そのストックも無限にあるわけではないので、今、佐治さんは罅が入ったフェイスガードを使っているわけだが。
そして、保護服やプロテクターなどは、サイズの問題があるので〈スローター〉氏のストックはそのまま使うことができなかった。
サイズが合わないものを着用すると、かえってそのことがなって動きが制限されたり事故の原因にもなりかねない。
直接身につける装備品に関しては、サイズの問題はかなりシビアだった。
そうした休憩と戦闘を何度も繰り返しタブレット上の画面はかなり埋まってきた。
アプリで測定している智香子たちの進行順路はこの階層をかなり行き着くし、あとはいくつかの空白分を残すのみになっている。
「もうすぐ、一区切りはつきそうだな」
と、その画面を見て、〈スローター〉氏はいった。
この階層を走破すれば、この状況にもなんらかの変化が起こる。
少なくとも、次の階層に進むことができる、という意味である。
「可能性として考えると」
〈スローター〉氏は続けて、
「ここまで階段が見つかっていないのだから、階層をすべて走破した時点で、なんらかの変化が起こることはあり得ると思う」
「それは、経験から来る勘ってやつですか?」
柳瀬さんが訊ねた。
「というか、普通はここまで探し回らないうちに見つかるもんなんだよね、階段」
〈スローター〉氏は、そう教えてくれた。
「わかりやすい場所に、複数あることが多いし。
ここまで探さても見つからないということは、元からない可能性がある」
「階段がない?」
佐治さんが、驚いた声をあげた。
「それじゃあ、別の階層に移動できないじゃないですか!」
「階段がない場合は」
〈スローター〉氏はいった。
「普通よりも少し強めのエネミーが待ち構えている。
そのエネミーを倒すと、他の階層へ続く階段が現れる。
それか、ロックされていたスキルが解除されて使えるようになる。
まあ、そんなところだろう」
「それも経験から?」
今度は、香椎さんが訊ねた。
「まあね」
〈スローター〉氏は、答える。
「何度か、そういう目に遭ってきているもんで」
そういえば、二ヶ月だか三ヶ月にいっぺんくらいの割合で、この手の階層を経験しているとかいっていたしな。
と、智香子は心の中で納得した。
こんな経験を頻繁にしているというのも、探索者としてはあまり理想的な姿とはいえないのかも知れないが。
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