第302話 強行軍の証

 使用すると特定のスキルが使用可能になる。

 そんなアイテム群のうち、棒状のものを引っくるめて〈杖〉と呼んでいる。

 この〈杖〉系のアイテム以外にも、同じような性質を持ったアイテムは指輪などのアクセサリー類など何種類かあるのだが、〈杖〉系のアイテムはそれら、類似の性質を持つアイテム群よりも高い頻度でドロップしていて、それだけ身近でもあった。

 この〈杖〉系アイテムは、長さや形状、使用可能となるスキルの効果や威力などは多種多様である。

〈鑑定〉スキルでその効用をある程度知ることは出来るのだが、それよりももっと確実なのは、実際に使用してみるこ、だった。


「えい!」

 柳瀬さんが〈杖〉を掲げて気合いを入れると、〈杖〉の戦端に光球が発生し、そのまままっすぐに飛んでいく。

 その光球は三十メートルほど先の床面に落ち、まだそこに残っていた直立ネコ型エネミーの死体に命中して飛散した。

 飛散した光球は、半ばスライムに浸食されていた直立ネコ型エネミーの死体群の飢えに飛び散り、そのまま炎をあげる。

「やっぱりこれ、〈ファイヤ・バレット〉みたいな効果があるようっすね」

 柳瀬さんが、そういう。

「他の〈杖〉と同じパターンなら、この〈杖〉をしばらく使い続けると、〈ファイヤ〉系のスキルが生えてくるんだと思いますが」

「使ってみる?」

 智香子が確認する。

「一回出てからなら、じっくりと使いこなしてみたいんですけどね」

 柳瀬さんはゆっくりと首を振りながら、そう答える。

「ただ、今は。

 目の前のエネミーに対処するのに目一杯でしょ」

 この〈杖〉を使い続けることによって習得できるスキルに魅力は感じるが、割合に余裕がない今の状況下で慣れない装備を使い続けることはできない。

 そういうこと、らしい。

「そうなるわなあ」

 佐治さんも、頷いた。

「今は、スキルを生やすことよりも、無事に脱出する方を優先させなけりゃ」

 今の智香子たちには、そんな、新しいスキルを生やすためのトレーニングにいそしむような余裕もない。

 この場にいる誰もが、そう認識していた。

 実際、智香子たちの全身は、普段とは違ってかなり薄汚れてしまっている。

 保護服をはじめとする探索者用の装備類は、基本的には表面が撥水加工されており、エネミーなどの血肉がこびりつき難い仕様になっていた。

 しかしそれも、あくまで、「そうした装備類が新品であったなら」、という前提条件があってのことで、今の智香子たちは、その条件を見対していない。

 どんなに丈夫な繊維であっても、なんども斬りつけられ、殴られ、突き入れられば、表面加工ぐらいは剥げていく。

 そうした部分にはどす黒く固まったエネミーの返り血や肉片などがこびりついていた。

 表面加工が剥げるだけでは済まず、保護服の生地に穴が空いたり薄くなったりした部分には、専用の補修パッドを充てて塞いでいた。

 智香子たちは誰もが、エネミー側の攻撃をできるだけ受けないように心がけていたわけだが、数十体、あるいは百体のエネミーを一度に相手にする修羅場を何度も潜るとなると、そうした心がけを実行し続けるのも難しい。

 というより、現実的に考えて、不可能といえた。

 現に、特に前衛で斬り込み役を務めていた四人は、何度もエネミー側の攻撃を体のどこかで受けている。

 保護服をはじめとする探索者用装備の防御性能と、それに〈ヒール〉スキルの効能によって、これまで問題になるような重傷は負っていない。

 しかし今の智香子たちは、外目からもそうと判別できるほどに傷だらけだった。

「装備もあれだけど」

 香椎さんは、こころなしかしょんぼりとした口調でそうこぼした。

「それ以上に、そろそろシャワーくらい浴びたい」

「それな」

 佐治さんは、大きく頷く。

「探索者用の保護服って通気性が悪いから、蒸れるんだよな。

 この中は、もう汗まみれで……」

「はい、その話題はそこまで」

 黎は、その言葉を最後までいわせなかった。

「保護服を脱いで体を拭いている時に奇襲を受けたらどうすんの?

 とりあえず、汗とか垢で即死することはないから、もうしばらく我慢しよう」

 建設的、というより、実際的な意見だった。

 現実問題として、この状況では我慢して進むしかない。


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