第301話 強さのバランス
慣れの問題が、一番大きい。
と、智香子は考える。
直立ネコ型エネミーは、智香子たちよりほんの少し小柄で全身が毛皮に包まれているものの、挙動や表情は人間とほぼ同じ。
そんな生物を大量に殺傷することに、智香子たちは抵抗をおぼえなくなっている。
同じ行動を繰り返した結果、心理的に鈍化しているということもあったが、それ以上にこちらがなにもしなければ、彼らエネミーは例外なく本気で、こちらを殺すつもりで攻撃してくることがわかっているので、智香子たちの心情とは別に、現実問題として、そのまま放置しておくことはできないわけだが。
ヒト型相手とはいえ、智香子対は体格的にも勝っていたため、直立ネコ型との対戦にも比較的優位に立っていた。
ただその優位も、あくまで単体同士でならという条件でのことで、集団戦となるとその優位も簡単にひっくり返る。
彼我の戦力比は軽く十倍以上はあり、智香子たち人間側は集団でお互いの死角をフォローしながら対処しなければ、すぐに総崩れになるはずだ。
スキルと累積効果の差もあって、油断しなければどうにか不利な状況にはならずに済む。
その程度のパワーバランスということになる。
智香子たちだけだったら、さほど時間もかからずに押し包まれ、数に物をいわせてエネミー側に制圧されていただろう。
そうなっていないのは、〈スローター〉氏という、たった一人で智香子たち全員を合わせたよりも多くのエネミーたちを効率よく始末してくれる存在があってこそ、といえる。
この〈スローター〉氏は、自身が高速で動き回るだけではなく、〈投擲〉や〈ライトニング・ショット〉などの遠距離攻撃スキルも駆使して縦横にエネミーの注意を攪乱し続けた。
集団戦において、注意が散漫になる、足並みが揃わなくなる、ということになれば、それだけで実際の攻撃力は半減する。
大勢が一点に攻撃力を集中させることが、集団戦での大きな利点になるからだった。
つまり〈スローター〉氏の攪乱は、エネミー側の攻撃力を散逸させる効果があり、智香子たちはその恩恵も受けてどうにか直立ネコ型エネミーと渡り合えている。
実力以上の結果を、出しているんだろうな。
と、智香子は思う。
実際、今回迷宮に入ったばかりの頃と比べて、今では疲れをほとんど感じなくなっていた。
累積効果のおかげだ。
これまでに倒してきたエネミーの数を考えると、その程度の変化はあってもおかしくはない。
その、はずだ。
強くは、なっているんだろうな。
ただ、それ以上に、直立ネコ型エネミーが賢くなってきているだけで。
〈杖〉や弓矢を使うエネミーが、少し前と比べてもかなり増えていた。
弓矢はともかく、〈杖〉を装備することによってはじめて使用可能になるスキルは、ある程度の知能がないと使いこなせないし威力が出ない、とされている。
これは、智香子たち人間の、探索者側の経験則から導かれた傾向で、今のところ、この傾向に否定するような材料はなにも出ていない。
にも関わらず、最近出会った〈杖〉持ちのエネミーたちは、かなり自由にそうしたスキルを使いこなしているように見えた。
一度使われるとこちらにも被害が出るので、智香子と世良月の遠距離攻撃組は、そうした〈杖〉持ちは発見次第攻撃するようにしている。
実際には、智香子たちの〈杖〉持ちの攻撃は、〈杖〉持ちエネミーの周囲に居合わせたエネミーたちによって阻害され、直撃することが少なかったが。
そうした〈杖〉持ちが攻撃の要となることをエネミー側も理解しているらしく、盾やあるいは自分自身の体を使って、智香子たちの射線に割り込んであえて攻撃を受けて、〈杖〉持ちのエネミーを守っていた。
結局、こうした場合でも頼りになるのは、〈スローター〉氏ということになる。
〈投擲〉と〈ライトニング・ショット〉、遠距離攻撃としてこの二種類のスキルを使える〈スローター〉氏は、智香子たちが攻めあぐねているエネミーを見つけると即座に多種類の攻撃をその周辺に浴びせていた。
物理攻撃と〈ライトニング・ショット〉がごく短時間に、それも想定していない方向から浴びせられる形になり、結果として〈杖〉持ちとその〈杖〉持ちを護衛していたエネミーたちは、まとめて始末される。
それも、ごく短時間の、ほんの数秒の間に。
〈スローター〉氏にしてみれば、そうした攻撃も、本来の働きのほんの合間に行う、軽い干渉でしかないのかも知れない。
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