第299話 難易度調整
カエル型と比べると、直立ネコ型は格段に相手にするのが難しかった。
知能があり、スキルや武器、道具を使う。
こうした要素はヒト型全般に共通していて、たまたま智香子たちが直に相手をしたヒト型がこの直立ネコ型であったというだけのことでもあったのだが、とにかく、各個体の行動パターンが一定していなくて、どう動くのか予測しきれない。
当然、対処するのも難しくなり、一体を倒す時間も長めになる。
実際にそうした時間を計測する余裕もなかったのであくまで体感での印象になるのだが、相手の自由度あがるとこちらの選択肢もそれだけ多くなり、結果、判断をする時間が生じた。
そういうことなのだと、智香子は思う。
型どおりの行動パターンしか持たない、カエル型のようなエネミーは、対処法さえ学んでしまえばそんなに苦労はしない。
戦い、というより、作業。
機械的にエネミーの動きに反応し、対処すれば無理なく駆逐することが可能だ。
しかし、ヒト型は違う。
カエル型のような動物に見えるエネミーとは違い、個体差が大きい。
この個体差は、行動パターンや反応の仕方などにバラエティがあるということで、おそらくは知能や身体能力なども個体差が大きいのではないか、と、智香子は推測する。
スキルが使える以上、直立ネコ型のようなヒト型エネミーも、人間と同じように累積効果の影響を受けていると考える方が自然だ。
それ以上に、実感として。
「なんか、段々と手強くなっていない?」
直立ネコ型の群れをどうにか壊滅させた直後に、佐治さんが指摘をする。
「強くなっているというより、うーん。
うん、直接的な強さはそんなんでもないけど、あれだ。
アルゴリズムが複雑になっているんだ」
「アルゴリズムって」
黎が、不満の声をあげる。
「これ、ゲームではないんだから。
直立ネコ型、プログラムで動いていないと思うし」
「でも、ニュアンスは理解できるけど」
香椎さんがいった。
「つまりは、思考とか行動パターンが複雑になっているってことだよね」
「そう、それ」
佐治さんは大きな声を出して頷いた。
「以前に相手をしたやつらよりも、ずっと複雑な行動を取るようになっている」
「どう思いますか、師匠」
世良月が、〈スローター〉氏に意見を求めた。
「この件について」
「そういう傾向はあると感じるけど」
〈スローター〉氏の反応は極めてシンプルだった。
「でも、実際にこちらがする対応は変わらない。
まとめて、全部殺す」
平坦な、感情がまったくこもっていない口調だったので、智香子などはかえって凄みを感じた。
「エネミー絶対殺すマンだ、この人」
半ば呆れたような口調で、柳瀬さんがいった。
「それはそれでいいとして。
でも、現実的に考えると、これまで以上に直立ネコ型が賢くなっていくと、初心者のわたしらでは対応できなくなる可能性も出て来るんですけど」
「その可能性はあるけど」
〈スローター〉氏は、やはり感情のこもっていない声で応じた。
「こちらとしては、今まで同様、最善を尽くすだけだね。
それ以上のことは保証できないし、期待されても困る」
冷たいようだが、今の状況を考慮すると、かなり誠実ないい方だな、と、智香子は感じる。
少なくとも〈スローター〉氏は、できないことをできると保証する、無責任な態度を取っているわけではない。
それに、これまで智香子たちが見てきた通り、この〈スローター〉氏は、若干愛想がない部分もあったが、それ以外ではかなり智香子たちのフォローをしてくれている。
希望的な観測などを口にして、智香子たちを奮い立たせる。
というようなやり方は、あまり得意とする性格ではないのだろう。
それに。
と、智香子は思う。
この人は、迷宮の中で生き残ることに関してはエキスパートなのだ。
おそらく、この〈スローター〉氏よりももっとキャリアが長くて、強いだけの探索者ならば、探せばまだまだ大勢いるはずだった。
しかし、スキルがロックされ、脱出が困難な今のような状況で、冷静に的確な判断と行動を継続して実行できる探索者は、そんなに多くはないのではないか。
これまでの〈スローター〉氏の言動から、最低の状況を予測した上でそれを回避するように動き続けている。
そういう実感を、智香子は持っていた。
なんの確証もなく、智香子たちを喜ばせるようなことを口にしない〈スローター〉氏の態度を、どちらかというと智香子は信頼に値すると評価していた。
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