第298話 最適化

〈スローター〉氏の手腕には及ばないものの、智香子たち松濤女子組相応に手際よくエネミーを始末できるようになってきた。

 これだけ同じような行為を繰り返していれば、自然とコツのようなものは身についてくる。

 つまり、智香子たちが特別に優秀だということではなく、もっと単純に慣れてきているのだろう。

 それに加えて、エネミーを倒せば倒すほど累積効果、この場合、身体能力とほぼ同義になるわけだが、ともかく力や速度が、自覚的できるほどに向上していく。

 これで、効率がよくならないわけがない。

 現在の環境は、ストレスとリスクが多く、智香子たちにしても自発的に身を置きたい状況とはいえなかった。

 それでも現在の、つまり迷宮から出るに出られない状況が智香子たちに与える経験はとても濃い。

 それだけは、認めないわけにはいかなかった。

 多分。

 と、智香子は思う。

 今、わたしたちは、探索者として活動をはじめてから、一番濃度がある時間を過ごしている、と。

〈スローター〉氏は、繰り返し記述してきたように、智香子たち全員が束になっても適わないほど多くのエネミーを倒している。

 部活で探索者をしていた智香子たちとは、実力差があり過ぎており、多少智香子たちが成長をしても、その力関係は、すぐには変えようがない。

 あまりにも、格差がありすぎるからだ。

 そんな智香子たちでもそれなりに成長はしていて、その証拠にエネミーを捌く効率が目に見えてよくなっている。

 この階層に出没するエネミーはほとんど角が生えたカエル型か直立ネコ型ばかりであり、このうちのカエル型は「跳躍して体当たりを仕掛けてくる」という単調な攻撃しかしてこない。

 最初の、慣れないうちはそうした攻撃もなかなか捌ききれずにいたが、今では避けるなり叩き落とすなりしてからとどめを刺す、という流れが板につくようになっていた。

 このカエル型は動きが単調だったので、慣れてしまえば、多少数が多くて同時に攻撃されたとしても、どうにか対応ができるようになっている。

 こちらに向かって跳躍した、そのあとの軌道はカエル型には変えられないわけで、それをカエル型から見て横側から叩くだけ。

 実際には、それだけのことだった。

 カエル型の皮膚はぬらっとしていて刃物は通りにくかったが、今の智香子たちが持つ力と速度で武器を当てれば、あっけないほど衝撃で弾ける。

 体が、破裂する。

 水風船を殴った時に、ちょうどこんな具合になるではないか、といった具合で。

 当然、そのエネミーの血肉が周囲に飛び散るわけだが、智香子たちはそんなものにも怯まなくなっていた。

 もう何十回、何百回と同じ作業を繰り返しているのだから、慣れない方がおかしい。

 いやそれ以上に、エネミーたちは次から次へと襲ってくるので、手早く次のエネミーに対処しる必要がある。

 幸いなことに探索者用の装備は優秀で、そうしたエネミーの血肉を浴びても弾いて流れるだけで、服に付着するということがない。

 生臭い匂いはどうしようもなかったが。

 それに、グズグズしていてエネミーの体当たりを受けたら、痛いことは痛かった。

 それだけで重傷を負うわけではないにせよ、カエル型は大きなものなら体重五キロ前後にはなり、額に角を生やしたそれだけの質量が全力で飛び込んでくるわけで、そんなものをまともに受け止めたら保護服越しであってもかなり、痛い。

 痛いのは嫌だから、特に前衛の四人は懸命に、可能な限り体当たり攻撃を受けないように自分たちの動作を現在進行形で最適化していた。

 現在進行形で。

 多少の試行錯誤を含みながら、前衛の四人組はより功利的な手順を工夫している。

 そうした工夫はフォーメーションや攻撃の手順、連携攻撃など多岐の要素に及んでいた。

 そうした前衛組と比較すると、智香子と世良月の二人は、相変わらず単調な攻撃を繰り返すだけだった。

 智香子にしても、自分たちの攻撃もエネミー全体の勢いを殺すために重要な役割を果たしていることは理解しているの。

 特に遠距離攻撃の手段を持たないカエル型が相手だと、ひたすら攻撃スキルを連発する、以外の方法を思いつかなかった。


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