第297話 経験知

 密度の濃い時間といえた。

 これだけ長時間、迷宮内部に留まり続けたことがない。

 それ以外に、智香子たちがこれほど短時間の中で多くのエネミーを倒し続けたのも、今回がはじめてになる。

 そのおかげか、智香子たちが獲得した累積効果もそれなりになり、ほぼ全員が新たなスキルを獲得していた。

 ただそれ以上に、〈スローター〉氏が同行している意味は、かなり大きいだろうな。

 と、智香子は思う。

〈スローター〉氏は、どうも人づき合いがあまり得意なタイプではないらしく、無駄なおしゃべりなどはほとんどしなかったが、必要な内容は面倒くさがらずにきちんと教えてくれる。

 そして、そうして教えて貰える知見は実際的な内実を伴った言葉であり、これまで〈スローター〉氏が迷宮からなにを学んで来たものを、それをそのまま直接的に伝えてくれていると、智香子は感じた。

 単なる知識ではなく、〈スローター〉氏の経験から出た言葉、活きた見識は、今回のような不測の事態において、とても役に立った。

 経験値ならぬ経験知が実用的であったことの他に、口数自体は多くはないが必要なことは語ってくれる、そんな〈スローター〉氏の距離感が、智香子たち松濤女子組の精神安定にどれほど寄与していることか。

 今回のような事態に遭遇した際、同行している大人の探索者が〈スローター〉氏以外の誰かであったなら、智香子たちもここまで落ち着いていられなかったかも知れない。

 今回のような場合、過度に干渉して来たり押しつけがましく持論を押しつけてくるタイプの大人が同行していたとしたら、智香子たちも気が休まることがなかったわけで、その点、〈スローター〉氏は伝えるべきことは伝えてくれるが、それ以上のことを智香子たちに求めることがまったくなかった。

 というより、最低限のことはしてくれるけど、それ以外は放置されている、という方が実態に近いのか。

 智香子たちの現状は、七人編成のパーティというより、一人と六人組のパーティが、迷宮の中でたまたま行動を共にしている、という方が、しっくり来る。

 意見を述べ、提案をしてくることはあっても、〈スローター〉氏はそれ以上のことを智香子たちに求めることがなかった。

〈スローター〉氏は、智香子たちから見れば立派な大人に見えたが、まだかなり若い。

 確か、以前に聞いたところでは、まだ二十歳にもならないそうで。

 そういうことも関係してか、親や教師など、これまで智香子たちが接してきた大人たちとは、かなり違った人種であるようだ。


 後方支援に徹していた智香子と世良月以外の四人全員が、〈刺突〉のスキルを生やしていた。

 直立ネコ型から奪った槍を多用していたら、自然と生えたらしい。

 この槍も、人間が使うのにはサイズ的に微妙で、かつ、耐久性に問題があって、叩くように使うとすぐに折れる。

 そのため、もっぱら突き刺すようにして使っていたため、〈刺突〉のスキルが生えてきたらしい。

 その槍は何度か使えばすぐに壊れるので、みんなはだいたい、使い捨ての武器と割り切って使っていた。

 直立ネコ型エネミーのうち七割方がこの手の槍を所持していたため、壊れたとしてもすぐに補充が可能だった。

 一度交戦すれば、それだけで大量の槍が手に入るのだから、すぐに壊れたとしても惜しむ必要はない。

 そうして入手した槍は、世良月がアトラトルで投げる素材にもなった。

 他の者たちが〈刺突〉のスキルを生やしたように、世良月は、今回の件だけで着実に〈投擲〉スキルの練度をあげている。

 威力や命中率、飛距離などが、少し前までと違っていることは、誰の目にも明らかだった。

 他の五人と比較して、智香子だけが以前とあまり変化がなく、本人的にはなんだか取り残されたような気分を味わっている。

 智香子は、スキル構成の関係で他の面子へのサポートに専念していた。

 それはそれで重要な役割であり、パーティへの貢献度もそれなりだという自負もあるのだが、智香子自身としてはいまだに直接的な攻撃スキルを持たないことを不甲斐なく思っていた。

 智香子の〈ライトニング・ショット〉は世良月の〈投擲〉ほど目立った変化がなく、威力その他の諸元性能に大きな変化があったようには、見えない。

 なんだかなあ。

 と、智香子は思う。

 スキルの生え方や成長性については、どうも個人差が大きいようだから、気にしすぎてもいいことなどなにひとつないことは、理解しているのだが。


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