第295話 ストレスの理由
〈察知〉のスキルを使えるのは、智香子と〈スローター〉氏の二名しかいなかった。
だからこの二人が同時に仮眠を取ることはしない。
というより、できない。
エネミーを警戒し、奇襲に備えている以上、当然の判断といえた。
必然的に、仮眠や休憩のローテーションも、そうした事情を踏まえた上で組むことになる。
そうした仮眠や休憩は、かなり頻繁にとった。
終わりが見えない状況がある以上、疲労の蓄積やそれが原因の判断ミスは、かなり警戒しなければならない。
基本的には全員の様子を見つつ、であったが、最終的には一度大規模な戦闘をしたあとには、ほとんど必ず少し長めの休憩を取るようになった。
それでも交替で休む、という都合がある以上、長時間に渡る休憩を取ることは無理だったので、智香子たちの疲労は徐々に蓄積していく。
長時間の、たとえば八時間以上の休憩と取ろうとした場合、起きて見張っている側はそれだけの時間、継続して気を張って周囲を警戒しておく必要がある。
現在の状況で長時間の仮眠を取ろうとするのは、現実的とはいえなかった。
「せめて〈察知〉持ちがあと一人くらいいてくれれば、もう少し楽になるんだけどね」
香椎さんが、そんなことをいった。
「今の状況は、ちょっと余裕がなさ過ぎ」
二交代が三交代に変われば、かなり違ってくるはずだ。
実質的な休憩時間を、無理なく二倍に増やすこともできる。
だが。
「〈察知〉スキルの取得条件、よくわかっていないからなあ」
佐治さんがいった。
「なんらかの行動がトリガーになっていれば増やす芽も出てくるんだけど、体質とかに起因しているとなると、もうどうしようもない」
スキルは、取得条件が経験的にはっきりしているものとそうでないものとに分かれている。
そして後者のスキルの方が、断然多い。
〈察知〉スキルも、その、「生やすための条件がよくわからない」スキルに属していた。
つまり、現状をすぐに変える手はない。
「面倒だよねえ、このスキルってシステム」
佐治さんは、ため息混じりにそう続ける。
「便利は便利なんだけど、反面、探索者自身の意思で制御できる範囲が少なすぎる」
「特に、今のように、一部のスキルがロックされて、迷宮内部に長居を強いられている場合には」
香椎さんが、そう続けた。
「どう好意的に解釈しても、ここは、長居をするには快適な場所ではないんだから」
「〈スローター〉さんのような、ちょっと変わった人を除いては、ね」
佐治さんが、さらにそうつけ加える。
「あの人、ずっとマイペースだからなあ」
智香子たち松濤女子組と比較すると、〈スローター〉氏はまるで様子が変わらなかった。
メンタルとフィジカル、両面において疲弊した様子が見られない。
特別に松濤女子組を気遣う、ということもなかったが、必要な助言などはしっかりしてくれる。
たとえば、休憩の際に、水分と食料はとにかく摂取しろといわれていた。
睡眠も重要だが、水と栄養素が不足するとろくなろくとがない、そうだ。
「特に〈ヒール〉を多用するようになると、基礎代謝がよくなるようなものだから」
と、〈スローター〉氏は説明してくれた。
「多少食べ過ぎるくらいで、ちょうどいい」
不足するよりは、過剰なくらいに補充しておく方がいい。
つまりは、そういうことらしかった。
実際、普段ならいくらも食べられないような携帯口糧も、こうなってからはかなりおいしく感じられている。
ということはつまり、それだけ体が栄養素とカロリーを欲している、ということなのだろう。
できるだけ考えないようにしていたが、今のこの状況は、松濤女子組の心身に、かなり強いストレスを与えているらしかった。
〈スローター〉氏の助言やサポートは、ひたすら実践的なものだった。
たとえば前衛組は、これまでに何度かフェイスカバーを破損している。
部活の時にはそんなに破損をした経験がないのだが、長時間に渡りエネミーの相手をしていると、どうしても攻撃を受ける機会も多くなり、結果、壊れやすくなる。
そんな時も〈スローター〉氏は、当然のように自分のフクロの中から予備のフェイスカバーを差し出してくれた。
「これがあるのとないのとでは、安心度がまるで違う」
と、〈スローター〉氏は説明する。
「エネミーを倒す時の効率にも影響してくるので、壊れたらすぐに付け替える方がいい」
おそらくは、〈スローター〉氏自身の経験から出た言葉なのだろう。
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