第293話 閑話
そのあと、ドロップアイテムの回収がてらに休憩を兼ねて交替で仮眠を取った。
可能な限り疲れを残したくなかったので、そうして少し長めに休むことになった。
なにしろ智香子たちは、最初の階層さえ走破していない。
〈スローター〉氏のタブレットにインストールしていた自動マッピングアプリは、智香子たちが辿った道筋をそのまま記録していた。
が、それはあくまで動いた方角や距離の記録でしかなく、この階層の全体像までは智香子たちにはわからない。
階層全体から見れば、智香子たちが走破した部分が果たして何割程度になるのか、推測することさえできなかった。
とにかく歩き回り、上へ出る階段を探しあて、それを繰り返して娑婆まで到達するるか。
あるのかないのかすら定かではない、スキルのロックを解除するための条件を満たすか。
智香子たちが迷宮から脱出する方法は、その二種類しかないのだ。
どちらにせよ、かなり漠然とした方法で、明確な近道や攻略法というものは存在しない。
愚直に、これまでやって来たこと、すなわち当てもなく歩き回ってエネミーを倒し続けるしかないのである。
エネミーを倒すること自体を目的とし、きりのいいところでさっさと引きあげることができた部活としての迷宮探索が、いかに気軽で牧歌的なものだったのか、智香子は思い知らされる気分だった。
ゴールが見えない。
ただこの一要素だけが条件として加わるだけで、ここまで精神的にキツい内容になるとは思わなかった。
智香子以外の松濤女子組は、今のところ、普段と変わらない様子を見せている。
特に疲れたり不安になったりしているように見えなかったが、それも仲間たちに与える影響を考慮した上での虚勢であるかも知れず、智香子としては慎重に受け止めるつもりだった。
現在のような特殊な環境下では、不安や不満など、不安定な心理がいつどんな形で表面化するのか、わかったものではない。
それは智香子自身にもいえることで、しかし智香子としては、せいぜい平常心を失わないように心がける、程度のことしかできなかった。
つまり、いつもの通りに振る舞う、ということになる。
「この調子だと、いつ帰れるのかわからないねえ」
黎が、のんびりとした口調で話しかけてきた。
「わからないねえ」
わざと、緊張感のない話し方をしているのだろうなと悟った智香子は、同じようにのんびりとした口調で返す。
「時間からいうと、もう真夜中だし」
「というより、そろそろ明け方になるんじゃないかな?」
黎は、そう続ける。
「仮眠と移動、それに戦闘。
それを繰り返していると、時間の感覚がどんどんなくなっていくよね」
「迷宮から出たら、元のリズムに戻すのが大変そうだね」
智香子たちはまだ中学生、それも、二年生に進級したばかりだった。
こんなトラブルに巻き込まれたのは不運というしかないが、無事に迷宮から出られたあとも、なにかと苦労しそうな気がする。
「先生とか母さんも心配しているだろうなあ」
智香子は、そう呟いた。
「きっと、大騒ぎになっているよ。
外では」
「なっているよねえ」
黎は、そういって頷く。
「まず確実に。
自己責任ということで、ちゃんと書類も提出しているけどさ」
だからといって、学校も保護者も、黙っていられるわけがないのであった。
なにしろ松濤女子の生徒が六人も迷宮でロストしている状態なのである。
数日中に帰還できれば、すぐに笑い話になるのだろうが、出た直後は各方面からもみくちゃにされることは、想像に難くない。
その時のことを考えて、智香子はげんなりした。
いや、まずは無事に、それも全員無事に、生きて迷宮から出ることを考えるべきだとは思うのだが。
「あの人は、なんというか変わらないねえ」
黎が、横になってピクリとも動かない〈スローター〉氏の方を見て、そんなことをいう。
「こんな目に遭っても、マイペースというか」
「二ヶ月か三ヶ月にいっぺん、こんな風に迷宮から出るのに苦労するといっていたけど」
智香子は、以前に世良月から教えて貰った情報を披露する。
「あの人にとっては、多分、これもいつものこと、なんじゃないかな」
〈スローター〉氏のマイペースぶり、つまり、こんな状況になっても慌ても騒ぎもせず、淡々とやるべき行動を智香子たちに指示する態度が、智香子たちの精神を安定するために、かなり大きな影響を与えているのではないか。
と、智香子はそう思っている。
「二ヶ月か三ヶ月にいっぺん」
黎は、智香子の言葉を呆れたような口調で繰り返した。
「日常茶飯事、とまではいかないものの、それなりに慣れているってわけか。
なんというか、そんな人がいっしょの時にこうなって、運がよかったのかな?」
「こんな状況になっているんだから、運がいいってことはないでしょう」
智香子は、そう返す。
「ただ、あの人抜きでこうなっていたら、もっと悲惨なことになっているとは思う」
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